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作家・作品紹介

鍋島藩と今泉今右衛門

皆さん、今泉今右衛門という陶芸家をご存知でしょうか?
今泉今右衛門とは佐賀県にて窯を営んでいる陶芸家・赤絵師であり、江戸期より続いている深い歴史をもった芸術家です。
今回は今泉今右衛門と、今泉今右衛門と関わりの深かった鍋島藩の歴史についてご紹介したいと思います。

鍋島藩と今泉今右衛門

江戸時代では、将軍家への献上品の御用赤絵師として、鍋島藩が選定した家系です。
鍋島藩は関ヶ原の戦いにおいて反徳川方で敗れた負い目があり、新たな幕藩体制の中で将軍による取り潰しの嵐を乗り切る必要がありました。初めの頃は立地を生かして中国の高級陶磁器等の文物を献上しておりましたが、1644年に中国の内乱が起こると、容易には手に入らなくなってしまいます。

そのため国内陶磁器生産が一気に盛り上がりを見せました。その中でも肥前磁器は大変な人気を博していきます。ただ、その中で初代鍋島藩主勝茂は懸念します。「人気が出たのは良いが幕府への献上・贈遺用としてふさわしい物なのか…。」と。
勝茂はそこから新たな磁器の開発に尽力し、中国磁器にかわる献上品として3第将軍家光により内覧をうけ、献上品として認められたとされています。


鍋島藩と今泉今右衛門

その後8代将軍吉宗の時代には質素倹約が推し進められ、華美な献上・贈遺品は禁じられます。鍋島焼も例外ではなく、1726年には色数の多い物は禁止されてしまいました。これにより、色鍋島も3色の物から1色へと変貌し、鍋島藩窯も縮小していくこととなります。
時代の変化とともに、幕府や藩における取締りや数の限定化が推し進められていく中で、明和・安永(1764~81)時代において諸般整理が行われ、優秀な赤絵師として今泉家が用命されたとされています。

明治維新とともに鍋島藩窯はなくなりますが、明治・大正時代に十代今衛門は科学的な技術の工夫を積極的に行い、色鍋島の素地から一貫した製作をおこない高い評価を得ました。こうした、たゆまぬ挑戦と努力により今泉今右衛門ブランドは現代においても高い人気を獲得しています。


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