2026.05.19
オプ・アートの先駆者-ヴィクトル・ヴァザルリ
じっと見ているだけなのに、絵がふくらんだり、へこんだり、ゆっくり動き出したように感じる。
「平面のはずなのに、どうして?」と思いながら、つい目を離せなくなる。そんな不思議な気持ちよさがあります。
目がだまされていると分かっていても、もう一度確かめたくなる。ヴァザルリの作品は、まさにその感覚から始まります。
ヴィクトル・ヴァザルリは、錯視(目の錯覚)と幾何学模様を使って、平らな画面に奥行きや動きが生まれるように見せた作家です。オプ・アート(Optical Art)の代表的存在として、「父」あるいは「祖父」とまで呼ばれることもあります。

科学の考え方を、絵に
ヴァザルリは若い頃、医学を学んだ時期があり、その後に美術へ進んだとされています。
ブダペストでは、バウハウスに影響を受けた学校「Műhely(ムヘイ)」で学び、のちにパリへ移住して広告やグラフィックの仕事にも関わりました。
面白いのは、彼が「芸術か/科学か」ではなく、両方の考え方を行き来しながら、目のしくみそのものを作品にしていったことです。科学書、とくにニールス・ボーアの著作を読んでいた、といわれています。

『ゼブラ』――輪郭線なく、二頭が見える
代表作としてよく挙がるのが『ゼブラ(Zebra)』です。黒と白のしま模様だけで二頭が描かれていて、輪郭線はありません。それなのに、からだの重なりや向きまで分かる。二頭の境界線は、しま模様のずれだけで表現されています。
「見えているものは、線や形そのものではなく、脳が作っているイメージなんだ」と気づかされる一枚です。

「へこむ・ふくらむ」を、平面で表現
ヴァザルリのもう一つの見どころは、格子や点の並びを少しずつ変形させて、平面なのに球体がふくらんだりへこんだりして見える“奥行きの錯覚”を生み出すところです。こうした効果は、ヴァザルリの『Vega(ベガ)』シリーズで特によく見られます。じっと見ていると、画面の面が押し出されてくるように感じます。
1964年に「Op Art」という言葉が『TIME』で広まり、1965年にはMoMAで展覧会「The Responsive Eye」が開催されて大きな注目を集めました。ヴァザルリは、その中心的作家として語られます。

「みんなのための芸術」
オプ・アートの良さは、理屈が分からなくても目で「わかる」ことです。ヴァザルリは、その面白さを美術館の中だけに閉じ込めず、日常へ広げようとしました。
その象徴が、1972年のルノーのロゴの再デザインです。美術で培った形が、街の景色の一部になるのです。
「科学っぽい絵」でも「冷たい抽象」でもなく、見る人の目と脳を巻き込んで、楽しく、少し不思議な体験に変えてしまう。
そこに、ヴァザルリが「オプ・アートの父」と呼ばれる理由があります。