はじめに
蔵や仏間を整理していると、桐箱に入った急須や煎茶碗が出てくることがあります。箱の蓋に墨で「竹泉」と書かれていれば、京焼の名門・三浦竹泉の作かもしれません。
三浦竹泉は、明治期の京都・五条坂に窯を開き、以来百四十年あまり代々受け継がれてきた陶工の名跡(みょうせき/代々受け継がれる家名や称号)です。煎茶道具の分野ではとくに評価が高く、いまも根強い人気があります。それだけに、手放すとしたらどのくらいの相場になるのかは気になるところでしょう。ただ、同じ「竹泉」の銘でも代によって作風は異なり、共箱(ともばこ/作者自身が作品名や署名を書き、落款を押した作品専用の木箱)や落款(らっかん/作者が作品を完成させた証として記す署名や印章)の見極めには経験が要ります。この記事では、三浦竹泉という窯の歩みと作品の見どころ、そして査定額を左右するポイントを、買取の現場からご説明します。
三浦竹泉とは?

ひとりの作家ではなく、続いている「窯」の名前
三浦竹泉は、特定の一個人を指す名前ではありません。京都・五条坂に続く窯元の当主が、代を継ぐごとに襲名してきた名跡です。初代が明治16年に独立して以降、当主が替わるたびに「竹泉」の名が受け渡されてきました。
現在の当代は七世です。京漆の名家・三代三木表悦の長女として1966年に京都で生まれた三浦みどり氏が、1996年に三浦家へ嫁ぎ、夫・直人氏(のちに六世竹泉の名を追贈)を2002年に亡くしたことをきっかけに、作陶の道へ入りました。京都府立陶工高等技術専門校などで学んだのち、義父である五代の指導を受けて竹泉窯の仕事に従事し、2025年に七世竹泉を襲名しています。同年春には京都の百貨店で継承記念展が開かれました。
つまり竹泉は、すでに歴史のなかで完結した「骨董」ではなく、いまも作り続けられている生きた窯です。この点は査定にも関わってきます。作家の系譜が現役で続いている窯は、評価が更新され続け、市場からの需要も途絶えにくいのです。
初代三浦竹泉が築いたもの
初代三浦竹泉は、嘉永6年(1853年)に京都・下京に生まれました。畳屋・渡辺伊兵衛の次男で、幼名を政吉、またの名を駒次郎といいます。13歳で三代高橋道八に学び、1883年(明治16年)に五条坂で独立、開窯しました。大正4年(1915年)に没しています。
初代を語るうえで欠かせないのが、新しいものを取り込む姿勢です。西洋の彩色を日本の磁器に応用した釉薬「透明紋」を開発し、1904年(明治37年)には染付磁器に玉・貴石・珊瑚を挿入して彩色に応用する技法、1907年(明治40年)には黄色の原料を釉薬に用いて淡黄地に浮き彫りを施す技法を発表しました。その作品は国内の展覧会に加え、シカゴやパリの万国博覧会でも称賛を博したと伝えられています。
もうひとつの柱が学識です。画を南画家(なんがか/中国の南宗画に由来する、文人画の様式を描く画家)の田能村直入に学び、漢学にも通じ、清の朱笠亭による陶書『陶説』を訳述した『和漢対照陶説』を刊行しました。技術者としての探究心と、文人としての教養。この二つが重なったところに、初代の器の品格が生まれています。器に添えられた漢詩の一節や、山水図の筆づかいを眺めていると、その素養が自然と伝わってきます。
海外での評価も残っており、サンフランシスコ・アジア美術館は初代を日本の作家として登録し、その茶碗を収蔵しています。

買取のご相談で名前が挙がる代
歴代のなかで市場評価がとくに高いのは初代です。加えて、三代(のちに「竹軒」と号します)と五代の作も、査定のご依頼としてお持ち込みいただく機会が多い代です。
三代(1900〜1990)は初代の末子にあたります。兄である二代が39歳で早世し、その子がまだ幼かったため、1921年(大正10年)に襲名しました。1931年(昭和6年)に甥である四代へ家督を譲ったのちは、分家独立して「竹軒」を称しています。竹泉と竹軒、二つの銘が市場に流通しているのはこのためです。
五代(1934~2021、四代の長男、幼名・徹)は、1957年に同志社大学文学部を卒業し、日本文化史および美学・芸術学を専攻した人です。その後は父・四代のもとで陶業を学びながら、京都府立陶工専修校の成形科、京都市立工芸指導所の窯業科でも研鑽を積み、茶道・煎茶道・華道・香道を修めたうえで、1972年(昭和47年)に五代を継承しました。京都府の大気汚染防止条例などにより従来の登り窯が使えなくなった際には、ガス窯と電気窯による焼成法の研究に取り組みました。伝統的な登り窯に代わる焼成法を確立した点にも、初代から続く技術革新への姿勢がうかがえます。
こうして並べてみると見えてくるのは、代が替わっても「教養に裏打ちされた絵付け」と「煎茶器の名門」という筋が途切れていない点です。名跡としての信用が百四十年余り積み重なっていること。それが、三浦竹泉の作品が長く求められ続けている理由だと考えています。
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三浦竹泉の作品の魅力や特徴

染付から金襴手まで、扱う技法の幅
初代の得意分野は、染付、祥瑞、吹墨、色絵、金襴手と多彩でした。五代もまた、先祖から受け継いだ竹泉様式を研究し、祥瑞・染付・赤絵・色絵・金襴手・交趾・三嶋といった技法を会得しています。竹泉家の器に見られる主な技法は、次のとおりです。
| 染付 そめつけ |
白地に青色の呉須で模様を描き、透明釉をかけて焼いたもの |
|---|---|
| 祥瑞 しょんずい |
中国・明代末期の景徳鎮に由来する、精緻な染付 |
| 吹墨 ふきずみ |
型紙をあて、呉須を霧状に吹き付けて文様を表す |
| 色絵 いろえ |
本焼きの後に赤や緑の絵具で描き、低い温度で焼き付ける |
| 金襴手 きんらんで |
色釉の地に金彩を焼き付け、金襴織物のように華やかに仕上げる |
| 赤絵 あかえ |
主に赤系の絵具を用いた上絵付け |
| 交趾 こうち |
黄・緑・紫など、鮮やかな色釉を用いる |
| 三嶋 みしま |
押した文様に白土を埋め込む、象嵌の技法 |
なかでも竹泉を代表する作風のひとつが染付です。白磁の地に呉須(ごす/染付に用いられる、酸化コバルトを主成分とした青色の顔料)で引かれた線は細く、余白の取り方に無理がありません。一方、金彩を効かせた金襴手の香炉や茶器は華やかで、飾って眺める楽しさがあります。同じ窯の手から、静かな器と華やかな器の両方が出てくるところが面白いところです。
モチーフは竹、山水、花鳥、童子、宝尽くしなど多岐にわたります。狭い器面に詩と絵を収めるという構成は、文人趣味から育った煎茶の世界と相性がよく、道具として使うだけでなく「読んで味わう器」としての性格も備えています。査定の際にも、この絵付けの出来は重要な判断材料になります。同じ代の作でも、筆が伸びやかで構図に余裕のあるものと、簡略な描き方のものでは評価に差が出るのが実情です。
小さな器にこそ技が出る
竹泉家は花生・茶碗・酒器といった茶陶(ちゃとう/茶の湯で用いられる茶碗などの陶磁器)を幅広く手がけましたが、とくに名高いのは煎茶器(せんちゃき/急須や茶托など、煎茶を楽しむために用いられる道具の総称)です。
急須、湯呑、煎茶碗などの小ぶりな器では、薄手の成形や蓋合わせ、限られた器面への細密な絵付けなど、精緻な仕事ぶりが見どころになります。轆轤で薄く挽き、蓋を合わせ、小さな器面に絵を描く。それぞれに細やかな技術が求められます。
煎茶器は、実用の道具としてだけでなく、細やかな造形や絵付けを楽しむ観賞品としても魅力があります。長く使われてきた器ほど、口縁のわずかな摩耗や茶渋の入り方に時間の跡が残っているものですが、そうした使用感がただちに評価を下げるとはかぎりません。
三浦竹泉作品の買取相場・実績
※買取実績価格は当社のこれまでの買取実績からのご参考額です。実際の買取価格は作品の状態、相場等、付帯品の状況により変動いたします。
赤絵花鳥小文香炉

赤絵遊環香炉

礬紅描金雲鶴紋茶碗六客

三浦竹泉の作品を高値で売却するポイント

共箱は「作品の一部」として扱う
三浦竹泉の作品において、購入時から付いている桐箱、いわゆる共箱は、単なる入れ物ではありません。蓋の表に作品名、裏に作者の署名と印が記されており、出自を示す役割を担っています。共箱があるかないかで評価が変わるのは、この情報量の差によるものです。
箱の紐がほどけていたり、しおり(説明書き)が別の場所にしまわれていたりすることもよくあります。作品をお探しになる際は、箱や紐、しおり、外箱(二重箱)などの付属品もあわせてご確認ください。箱書きの墨が薄れている場合でも、拭いたり補筆したりはなさらないでください。手を加えた痕跡は、かえって評価を下げてしまいます。
落款・銘の見方
器の底や高台脇には陶印(とういん/陶磁器の作者を示すために器の底などに押される印)が捺されています。三浦竹泉家では代や時期によって銘や号を使い分けており、初代には「篩月庵主」「竹泉造」、小判印の「竹泉」などが、五代には「篩月山人」「五世竹泉」「平安陶工」といった陶印が見られます。
とくに初代は、号そのものが時期によって変わっています。独立当初は師である道八の門弟・治村松雨と合作し「松雨竹泉」の銘を用いていましたが、数年で関係を解消。以後は「有声居」、1899年(明治32年)からは「篩月庵」と号しました。つまり銘や号は、その器がいつごろつくられたかを推し測る手がかりにもなるわけです。
ただし、ここが難しいところで、銘の字体や配置はごく小さく、写真では判別しづらいものも少なくありません。よく似た銘を持つ別の窯もありますし、後世に加えられた印もあります。
「揃い」で残っているかどうか
煎茶碗や酒盃は、五客・六客・十客といった組でつくられることが多い器です。この組が欠けずに揃っているかどうかは、査定額を大きく左右します。十客のうち一客に欠けがあるだけで、組物としての評価は下がります。逆に、急須・湯呑・茶托が購入当時のまま一式で残っている場合は、個別に評価するよりも高い査定額となることが多くあります。
もし複数の箱に分かれてしまっている場合も、まずは全部まとめてお見せください。一見ばらばらに見えても、箱書きと器を突き合わせてみると、本来ひと組だった道具が欠けずに揃っていると判明することがあります。ご自宅では別々にしまわれていたものが、査定の場で一式に戻るというのは珍しくありません。
現状のままご相談いただくのがいちばん
汚れが気になっても、洗剤で洗ったり金属たわしで擦ったりするのはお控えください。金彩や上絵は摩擦や不適切な洗浄によって傷むおそれがあり、強く擦ると釉面にも傷が入る可能性があります。
ヒビや欠けがある器も、それだけで価値がなくなるわけではありません。処分を決める前に、一度そのままの状態で見せていただくのが確実です。
代の判別、銘の照合、揃いの確認、繕いや修理の有無の見極め。三浦竹泉の価値を測るには、これらを総合して判断する必要があります。しかも三浦竹泉は襲名を重ねた名跡ですから、「竹泉」という銘があること自体は、どの代の作かを教えてくれません。ここを取り違えると、本来の評価と大きく開きが出てしまうことがあります。
三浦竹泉についての補足情報

竹泉窯は、初代の開窯から百四十年あまりを経たいまも五条坂で作陶を続けています。2025年には七世竹泉が襲名し、京都の百貨店で継承記念展が開かれました。現在も新作が発表され続けている窯であることは、市場での需要が途絶えにくい理由のひとつです。
海外にも竹泉の名は残されています。サンフランシスコ・アジア美術館は、初代三浦竹泉の茶碗を収蔵しています。
ご自宅に三浦竹泉の急須や煎茶碗、香炉が眠っているようであれば、価値を知る第一歩として一度査定を受けてみてはいかがでしょうか。当社は絵画・掛け軸・陶磁器・茶道具・骨董品まで幅広く取り扱っており、出張買取・店頭買取・宅配買取のなかからご都合に合う方法をお選びいただけます。査定料・出張費・キャンセル料は無料で、全国どこへでもうかがいます。まずはLINEに写真を送っていただくだけの無料査定から、お気軽にお試しください。
まとめ
三浦竹泉は、初代が築いた探究心と教養を、代を重ねながら受け継いできた京焼・煎茶器の名門です。染付の静けさ、金襴手の華やかさ、そして小さな煎茶器に凝縮された轆轤と絵付けの技。長く愛されてきた理由は、器そのものにはっきりと残っています。
買取という観点では、どの代の作か、共箱と落款が揃っているか、組物が欠けずに残っているか。この三点が評価を大きく分けます。そして、これらを正しく見極めるのは、専門的な経験なしにはなかなか難しいものです。少しでも気になる点があれば、当社にご相談ください。
当社では絵画・陶磁器・茶道具・骨董品など幅広いジャンルに対応しており、出張買取・宅配買取・店頭買取からご都合に合った方法をお選びいただけます。査定料・出張費・キャンセル料はすべて無料ですので、どうぞお気軽にお問い合わせください。LINEで写真を送るだけのお手軽査定も受け付けています。(スマホで写真を撮って送るだけ!)
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