はじめに
88歳にして今なお、現代アートの最前線で革新的な作品を生み出し続けるデイヴィッド・ホックニー(David Hockney)。なぜ彼は、これほどまでに世界中の人々を魅了し続けるのでしょうか。単なる著名な画家という言葉では語り尽くせないその存在は、むしろ「現代アートのスーパースター」、あるいは「時代の思想家」と呼ぶのがふさわしいかもしれません。彼の60年以上にわたる芸術活動は、絵画、版画、写真からiPadドローイングに至るまで、驚くほど多彩なメディアを横断しています。
この記事では、現代アートの巨匠、デイヴィッド・ホックニーの生涯と、その作品が持つ革新的な魅力の核心に迫ります。お手元にホックニー作品をお持ちの方や、作品の価値や相場にご興味のある方は、ぜひ最後までお読みください。

デイヴィッド・ホックニーとは?
デイヴィッド・ホックニーの芸術と市場価値を理解するためには、まず彼がどのような人物であり、いかにして「現代の巨匠」としての地位を確立したのかを知る必要があります。彼の人生そのものが、古い常識を打ち破り、新たな表現を模索し続ける壮大な物語なのです。
飽くなき探求者の生涯

1937年、デイヴィッド・ホックニーはイギリス北部の工業都市ブラッドフォードに生まれました。彼が育ったのは、産業革命の面影を残す、曇りがちで冬の長い街でした。この灰色の世界から飛び出すように、彼はロンドンの王立美術学校(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)に進学します。そこで彼は、1960年代のブリティッシュ・ポップアートを牽引する主要人物の一人として、早くからその才能を開花させました。
しかし、彼の芸術における真の転換点は、1964年のロサンゼルスへの移住でした。それは単なる場所の移動ではなく、芸術的な再生とも呼べる出来事でした。イギリスの曇り空とは対照的な、カリフォルニアの強烈な太陽の光と、いたるところにあるスイミングプールは、ホックニーに全く新しい色彩と主題をもたらしました。彼はこの地で、光の反射や水の透明感、時間の流れといった、自身の視覚的探求のテーマを追求するための完璧な実験室を見つけたのです。
彼の探求はカリフォルニアに留まりませんでした。エジプト、中国、そして日本への旅行は、西洋の伝統とは異なる視覚表現、特に日本の浮世絵や中国の絵巻物が持つ複数の視点や空間表現に触れる機会となり、後の作品に大きな影響を与えました。そして近年、彼はフランスのノルマンディーに拠点を移し、再び自然と深く向き合います。コロナ禍のロックダウン中も、彼はiPadを手に季節の移ろいを精力的に描き続け、全長約90メートルにも及ぶ壮大な絵巻物を完成させるなど、その創作意欲はとどまることを知りません。ホックニーの生涯は、自ら環境を変えることで自身の芸術を強制的に進化させてきた歴史です。それぞれの場所が、彼の視覚言語を根本から変える触媒となり、その軌跡が作品の時代ごとの価値を形成しているのです。
受賞歴とオークションが証明する「現代の巨匠」
ホックニーの芸術的功績は、批評家や美術館だけでなく、国家的な栄誉によっても証明されています。1997年には英国王室からコンパニオン・オブ・オーナー勲章を、そして2012年には科学や芸術などの分野で多大な貢献をした人物のみに贈られる、英国で最も名誉ある勲章の一つ、メリット勲章を授与されました。また、1989年には「美術界のノーベル賞」とも称される日本の高松宮殿下記念世界文化賞・絵画部門を受賞しており、その評価が国際的なものであることを示しています。
彼の市場における地位を決定づけたのは、2018年にニューヨークのクリスティーズで開催されたオークションでした。この競売で、彼の1972年の代表作《芸術家の肖像画―プールと2人の人物―》が、9031万2500ドル(当時のレートで約102億円)という驚異的な価格で落札されたのです。これは、存命する芸術家の作品としては当時の最高落札価格を記録する歴史的な出来事であり、アートマーケットにおけるホックニーの評価を確固たるものにしました。

この記録的な落札は、単一の作品の成功物語ではありません。それは、ホックニーという「ブランド」全体の価値を証明する強力なハロー効果(1作品の成功が他の作品にも好影響を与える)を生み出しました。この一件により、彼の名前は世界的なニュースとなり、芸術的評価が揺るぎないものであることが市場全体に認知されました。このことは、彼が手掛ける版画やドローイングといった、より多くの人が手にすることのできる作品の相場にも直接的な好影響を与えています。所有者が持つ版画作品の価値は、この102億円という金字塔によって支えられ、保証されていると言っても過言ではないのです。
デイヴィッド・ホックニーの作品の魅力や特徴

デイヴィッド・ホックニーの作品がなぜこれほどまでに高く評価されるのか。その答えは、彼が芸術史における5つの大きな「挑戦」に生涯をかけて取り組んできたことにあります。彼の作品の魅力を、これらの挑戦を軸に解き明かしていきましょう。
挑戦①:テクノロジーによる「描画」の拡張
ホックニーは、常に新しいテクノロジーを単なる目新しさとしてではなく、芸術的な問題を解決するための「道具」として捉えてきました。その探求は、1980年代にポラロイドカメラを用いて制作した「ジョイナー・フォト」(※)と呼ばれるフォト・コラージュ作品に始まります。これは、複数の視点と時間の流れを一枚の作品に持ち込むための試みでした。その後も彼は、ゼロックスのコピー機やファクシミリを駆使して「ホームメイド・プリント」を制作し、版画制作のプロセスを自らの手に取り戻そうとしました。
そして2010年頃にはiPadが登場し、彼の制作活動に再び革命をもたらしました。彼はこの新しいデバイスを、無限の色彩パレットを持つ究極のスケッチブックとして即座に受け入れ、近年の彼の創作活動を象徴する重要なツールとなっています。
※ジョイナー・フォト:数百枚のポラロイド写真を少しずつずらしながら貼り合わせ、一枚の大きなイメージを作り出すホックニー独自の写真技法。
挑戦②:iPadが可能にした新たな視覚体験
ホックニーの「テクノロジーによる描画の拡張」という挑戦は、近年、iPadというデバイスを得て新たな次元に到達しました。2010年頃から本格的に制作に取り入れたiPadは、彼にとって究極の絵画ツールとなります。
その理由は、バックライトで自ら発光するスクリーンが、彼の長年のテーマである「光」そのもので描く体験を可能にしたからです。無限の色彩と瞬時に描き直しができる利便性を活かし、彼はかつてないほどのスピードと規模で作品を生み出していきます。
その代表例が、故郷ヨークシャーの春の訪れを50点以上の作品で描き出した《春の到来》シリーズです。そして現在の拠点であるノルマンディーでは、コロナ禍のロックダウン中に季節の移ろいを日々描き続け、最終的に全長約90メートルにも及ぶ壮大な絵巻物《ノルマンディーの12か月》を完成させました。
これは彼が長年影響を受けてきた日本の絵巻物を、21世紀のテクノロジーで実現した壮大な試みと言えるでしょう。iPadでの制作は、そのプロセスを動画として記録・再生することも可能にし、「描く」という行為そのものを鑑賞者と共有する、新たな視覚体験を生み出したのです。
挑戦③:一点透視図法からの脱却
ルネサンス期に確立された「一点透視図法」(※)は、絵画を「世界を覗く窓」として捉える、西洋美術の基本的なルールでした。しかしホックニーは、この伝統的な遠近法は、鑑賞者を一点に縛り付け、私たちが実際に世界を体験する方法、つまり動き回りながら物事を見るという経験を反映していない、と鋭く批判します。
この旧来の視覚モデルから脱却するために、彼は二つの大きなヒントを得ました。一つはピカソらが推し進めたキュビスム(※)です。キュビスムは、一つの対象を記憶や経験に基づいて複数の視点から同時に描くことで、より真実に近い姿を表現しようとしました。もう一つは、日本や中国の絵巻物でした。これらの東洋美術は、固定された視点を持たず、物語が連続的に展開し、鑑賞者はまるで絵の中を「歩きながら」体験することができます。
ホックニーはこれらのアイデアを自身の作品に応用しました。前述の「ジョイナー・フォト」や、複数のキャンバスを組み合わせてグランドキャニオンの雄大さを表現した《ビッガー・グランド・キャニオン》、そして鑑賞者が横に移動しながら鑑賞する《ノルマンディーの12か月》などは、まさにその実践です。彼の作品は、静かに鑑賞される「イメージ」ではなく、鑑賞者が能動的に関わることで完成する「体験」なのです。この参加型の性質こそが、彼の作品に生命感と躍動感を与え、人々を惹きつける魅力の源泉となっています。
※一点透視図法:絵画の空間に奥行きを表現するための技法の一つ。画面上の一点(消失点)に向かって全ての線が収束するように描かれる。
※キュビスム:20世紀初頭にピカソらによって創始された芸術運動。対象を幾何学的な形に分解し、複数の視点から再構成して描くことを特徴とする。
挑戦④:日常への眼差し
ホックニーの壮大な視覚理論は、常に私たちの身近な日常に向けられています。彼が繰り返し描いたスイミングプールは、単なる富の象徴ではありません。それは光、透明性、反射、そして水が形を歪める様子を研究するための完璧な実験室でした。特に有名な《A Bigger Splash(大きな水しぶき)》で描かれた一瞬の水しぶきは、静的な絵画というメディアで、いかに決定的な「瞬間」を捉えるかという、彼の時間に対する深い思索の結晶なのです 。
彼の描く友人や家族、恋人たちの肖像画もまた、単なる写実的な記録ではありません。《クラーク夫妻とパーシー》に代表される二人を描いた肖像画は、同じ空間にいる人物間の微妙な距離感や心理的な緊張関係を見事に描き出し、静かな演劇のようです 。
ロサンゼルスのハイウェイからヨークシャーの森、ノルマンディーの田園風景まで、彼の風景画は常にその場所に「いる」という感覚を重視します。時に非現実的にさえ見える鮮やかな色彩は、彼がその風景を見て感じた喜びや感動を、私たちに直接伝えるための言語なのです 。ホックニーは、ありふれた日常に知的な探求の光を当てることで、そこに潜む美と複雑さを私たちに示してくれます。
挑戦⑤:愛とアイデンティティの表明:クィア・アートの先駆者として
ホックニーの作品を語る上で、彼が自身を同性愛者であると公言し、その愛や関係性を作品の重要なテーマとして描き続けたことは欠かせません。
彼がアーティストとして活動を開始した1960年代初頭のイギリスにおいて、同性愛は法的に罰せられる犯罪でした。そのような抑圧的な社会状況下で、彼は自身のアイデンティティを隠すことなく、親密な男性像や同性間の愛を暗示する作品を制作し続けたのです。
特に、カリフォルニア移住後は、より解放的な雰囲気の中で、当時の恋人であったピーター・シュレジンガーをモデルにした作品を数多く制作しました。代表作《芸術家の肖像画―プールと2人の人物―》もその一つと言われています。
彼の作品は、性的指向を特別なものとして声高に叫ぶのではなく、あくまで日常の光景として、ごく自然に描き出しました。この静かでありながらも確固たる態度は、当時の社会に対するラディカルな表明であり、後のアーティストたちに多大な影響を与え、クィア・アート(※)の文脈においても先駆的な存在として高く評価されています。
※クィア・アート:性的マイノリティ(LGBTQ+)のアーティストによる、あるいはその経験や視点、問題意識をテーマとしたアート。
デイヴィッド・ホックニー作品の買取相場・実績
※買取相場価格は当社のこれまでの買取実績、および、市場相場を加味したご参考額です。実際の査定価格は作品の状態、相場等により変動いたします。
当社では、これまでにデイヴィッド・ホックニー作品を多数取り扱っており、豊富な査定・買取実績がございます。作品の評価やご相談など、お気軽にご相談ください。ホックニーの作品は、油彩画やアクリル画といった一点ものの絵画はもちろん、版画作品も非常に人気が高く、活発な市場が形成されています。特に、プールを題材とした作品や、iPadで制作された近年のエディション作品は需要が高く、高値での買取が期待できます。
紙と青いインクによるプール「ペーパー・プールズ」より

マーガレット

LOS ANGELES 1984 OLYMPIC GAMES

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デイヴィッド・ホックニーの作品を高値で売却するポイント
来歴や付帯品・保証書
来歴や付帯品:購入先の証明や美術館に貸出、図録に掲載された作品等は鑑定書が付帯していなくても査定できる場合があります。
保証書:購入時に保証書が付帯する作品もあるので大切に保管しましょう。
贋作について
ここ数十年のインターネットや化学技術の向上により、著名作家の贋作が多数出回っています。
ネットオークションでは全くの素人を装い、親のコレクションや資産家所蔵品等の名目で出品し、ノークレームノーリターンの条件での出品が見受けられます。
落札者は知識がないがために落札後のトラブルの話をよく聞きます。お手持ちの作品について「真贋が気になる」「どの様に売却をすすめるのがよいか」等、お困りごとがあればご相談のみでも承っております。
版画
共通事項(状態を良好に保つ為の保管方法)
版画には有名画家が直接携わり監修した作品も多くあります。主に版画作品下部に作家直筆サインとエディション(何部発行した何番目の作品であるか)が記載されています。
主に紙に刷られており、湿気や乾燥に弱いです。また直射日光が長期間当たると色飛びの原因になります。掛ける場所・保管場所には十分注意しましょう。
リトグラフ
石版画とも言われ、ヨーロッパの歴史では古くから用いられてきました。日本でも昭和から活発に使用され、各地にリトグラフ専門の工房が存在します。
銅版画
銅を削りインクを乗せ紙に写しとる技法です。銅版画の技法の中にドライポイント、メゾチント、エッチング、アクアチントなどがあります。
デイヴィッド・ホックニーについての補足情報
ホックニーの探求心は、二次元のキャンバスや紙の上に留まりませんでした。彼の芸術世界をより深く理解するために、舞台美術と版画制作における革新という二つの側面をご紹介します。
舞台美術 ― キャンバスを飛び出した空間演出
ホックニーは、モーツァルトの『魔笛』やストラヴィンスキーの『放蕩者の遍歴』といった著名なオペラの舞台装置と衣装デザインを手がけ、大きな成功を収めました。これは単なる副業ではなく、彼の絵画における空間探求の延長線上にある、極めて重要な活動でした。
彼は、大胆な色彩と意図的に平面的に構成された遠近法を用いて、舞台全体を一つの「動く絵画」として演出しました。鑑賞者は、ホックニーが作り出した三次元の絵画空間に没入し、物語を体験することになります。この舞台芸術での経験は、鑑賞者を含む空間全体のあり方を考察する機会となり、彼の絵画における空間認識をさらに深化させるきっかけとなったのです。
版画制作における革新 ―「Paper Pools」の独自性

ホックニー作品の買取を考える上で、特に版画をお持ちの方にとって極めて重要なのが、1978年に制作された「Paper Pools」シリーズの存在です。このシリーズは、一般的な版画とは全く異なる、画期的な技法で生み出されました。そのプロセスは、まず湿らせた紙の上に金属の型枠を置き、そこに色付けされた紙パルプ(繊維)を流し込み、プレス機で圧着するというものです。
つまり、版を用いてインクを刷るのではなく、色のついた紙そのものでイメージを形成しているのです。ホックニー自身、この作品群について「これは版画ではない。ひとつひとつぼくが自分でつくったものだ。ものすごく大きな水彩画と呼んだほうが事実に近い」と語っています。この手作業による制作工程のため、「Paper Pools」シリーズの作品は、同じエディション内であっても一点一点が微妙に異なる表情を持つ、ユニークピース(一点もの)に近い性質を持っています。この「複製ではない版画」という独自性が、同シリーズの極めて高い芸術的評価と市場価値を保っています。
もしお手元にデイヴィッド・ホックニーの作品をお持ちでしたら、その真の価値を知るために、一度専門の鑑定士による査定を受けてみてはいかがでしょうか。
まとめ
デイヴィッド・ホックニー。その芸術は、イギリスのポップアートシーンから始まり、カリフォルニアの太陽が降り注ぐプール、そして最新のデジタル技術を駆使した風景画へと、絶えず進化を続けてきました。しかし、その表現方法がいかに変化しようとも、彼の作品の根底には常に「世界を見る」という行為そのものへの、子供のような好奇心と知的な探求心が流れています。
日常の風景に潜む美とドラマを、独自の視点と革新的な技法で描き出すことで、ホックニーは現代美術における最も重要な作家の一人としての地位を確立しました。その芸術的な価値は、オークションでの記録的な価格や、世界中の美術館が彼の代表作を収蔵していることからも明らかです。彼の作品は、今なお美術市場で高い評価を受け、その相場は安定した人気に支えられています。
当社では、あなたの大切な作品の価値を最大限に引き出すべく、丁寧な査定と適切なアドバイスを提供いたします。デイヴィッド・ホックニーの作品の買取をご検討される際は、ぜひお問い合わせください。
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