作家・作品紹介

青森・十和田市現代美術館を訪れたときのこと。
館内で静かに揺らめく名和晃平の《Biomatrix (W)》を目にし、時間が止まったかのように見入ってしまったことを今も鮮明に覚えています。ひとつひとつの細胞のような粒子が織りなす世界観に、言葉を超えた衝撃を受けました。

名和晃平は、いまや日本を代表する現代アーティストの一人として、国内外で高い評価を受けています。

経歴と歩み

1975年、大阪府生まれ。京都市立芸術大学で彫刻を学び、在学中に英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートへ留学。2003年には同大学大学院博士課程を修了し、彫刻専攻の博士号を取得しました。早くからその才能は注目され、2004年には大阪市より贈られる「咲くやこの花賞」を受賞、その後も国内外の美術展で数々の賞を受けています。
活動拠点は京都。2009年には、かつてパン工場だった建物を改装して創設したスタジオ「SANDWICH」を設立しました。建築家やデザイナー、研究者とともに制作を行い、作品を「個人の表現」にとどめず、社会や技術とつなぐ活動を続けています。

独自の表現「PixCell」

名和を世界的に有名にしたのが「PixCell（ピクセル）」シリーズです。鹿の剥製や身近なオブジェクトを透明なガラスビーズで覆い、無数の粒子が連なった像として提示する作品群です。
名和の作品はPixel（画素）とCell（細胞・粒）が融合した「PixCell」といった概念を基軸に、発泡ポリウレタン、ガラスビーズ、プリズムシートといった多彩な素材が持つ特性と最先端の技術をかけ合わせた彫刻制作、空間表現を行っています。
このシリーズの代表作《PixCell-Deer》は、ニューヨーク・メトロポリタン美術館に収蔵され、2021年には鹿の全身剥製を包んだ２ｍを超えるピクセル作品《PIX-CELL DEER 23》が9200万円を超える高値で落札されるなど（Christie’s Hong Kong）、美術市場から大きな注目を浴びました。
近年では、2024年11月のPhillips Hong Kongにおいて、同じく代表的モチーフである、首から頭部にかけた鹿の剥製を包んだ《PixCell-Deer #10》が、7,900万円で落札されるなど市場での堅調ぶりが確認されました。
※Christie’s、Phillips共に買手手数料を含めた価格（当時のレート）

巨大スケールの挑戦

名和の魅力は、細密な表現にとどまりません。高さ13メートルのアルミ彫刻《Manifold》（韓国・天安）、フランス、ルーヴル美術館のガラスピラミッド内で展示された金箔仕上げの巨大作品《Throne》など、圧倒的スケールのプロジェクトにも挑み続けています。
2023年にはフランス・セーヌ川の中州に新作《Ether (Equality)》を設置。高さは25メートルで薄いシルバーピンクに輝くステンレスの彫刻は十二角形をベースとした多面体で構成されており、背後に建つラ・セーヌ・ミュジカルの多面球ドームと呼応しながら、セガン島を導く道標のようにそびえ立ちます。

国際的評価と収蔵館

名和の作品は、メトロポリタン美術館（米国）、ヴィクトリア＆アルバート博物館（英国）、森美術館や国立国際美術館（日本）など、国内外の主要美術館に収蔵されています。パブリックアートとして出会える機会も多く、日本国内では、「東京ガーデンテラス紀尾井町」「鹿児島県 霧島アートの森」「神戸 なぎさ公園」等で作品を見つけることができます。その存在は、美術愛好家にとって「所有」するだけでなく「鑑賞の体験」としても魅力が広がっています。

関連するアーティストや影響

名和はテクノロジーや建築、パフォーマンスといった異分野からも刺激を受けてきました。振付家ダミアン・ジャレとのパフォーマンス作品《VESSEL》はその好例です。身体表現と彫刻が融合する舞台は、従来の枠を超えた体験を観るものに与えました。

同世代の日本の現代作家たちに先駆けて、名和は「物質」と「情報」を結ぶ独自の領域を切り拓き続けており、その活動は美術館やギャラリーを飛び出し、都市空間にまで広がりをみせています。もしかすると、あなたの街にも名和晃平の作品が出現する日が来るかもしれませんよ。