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ヤヴァシェフ・クリスト Javacheff Christo

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ヤヴァシェフ・クリスト

20世紀の美術は芸術概念の拡張からさまざまな流派や傾向を生み、「アースワーク」「ハプニング」のような、従来の「美術」の枠組みからはずれたものも多い。ランド・アートの作家とされることもあるが、クリスト自身は自らの作品をランド・アートとみなしていない。こうした活動の美術史的評価はまだ定まっているとは言い難いが、クリストの活動はそれを肯定的に評価するかどうかは別問題として、「芸術とは何か」という問いをあらためて投げかけた点で、後世に記憶されるであろう。

「梱包されたポン・ヌフ」その「作品」は一言で言えば「梱包」である。彼の「梱包」は1958年、日用品の梱包から始まったが、もともとそのころから巨大な建物(後述のライヒスタークなど)や自然や公園の風景全体を梱包するアイデアはあった。1960年代以降、梱包は次第にその規模を巨大化させていく。美術館の建物を丸ごと梱包することにはじまり、オーストラリアの高さ約15メートル、長さ2キロメートルにおよぶ海岸を丸ごと梱包した「海岸の梱包」(1969)など、途方もない作品もある。「梱包」ではない作品には、コロラド州にあるロッキー山脈の幅400メートルもある谷に巨大なカーテンを吊るした「ヴァレー・カーテン」(1970-72)がある。

これらの「作品」はその性格上(布の性質、天候による破損のおそれ、自然に対する影響、担当役所による設置許可期間など)永続することは不可能で、もとよりクリストには恒久展示して永続させる意図はまったくなく(作品は夢のように現れ、夢のように消えて観客の中にしか残らない)、今は記録写真によってしか見ることはできない。見た者は、人工的な色の布で自然の風景が変わることや、見慣れた都会の風景が梱包で一変することに新鮮なショックをうける。もっとも巨大化する一方の梱包や、産業化したクリスト夫妻の作品制作に対する疑問もある。

1973年よりアメリカ国籍を持つ。それぞれのプロジェクトにかかる巨額の費用は、美術館や政府や企業などから一切の援助を受けることなく、プロジェクトの完成を予想したドローイングやコラージュ作品など、クリストの手によるオリジナル・アート作品の販売でまかなっている。また、プロジェクトは毎回、その梱包や作品設置の舞台となる場所の住民・政府官僚などとの許可が必要であり、しばしば反対運動や「これは芸術か否か」といった論争に巻き込まれており、1960年代の構想からそれぞれの実現まで数年から数十年がかかっている。

ドクメンタ4のプロジェクト(1968年、ドイツ)
「梱包された海岸」(1969年、オーストラリア)
「ヴァレー・カーテン」(1970年-1972年、アメリカ、コロラド州)
「ランニング・フェンス」(1972年-1976年、アメリカ、カリフォルニア州)
「梱包された歩道」(1977年、アメリカ、カンザス州)
「囲まれた島」(1983年、アメリカ、フロリダ州)
「梱包されたポン・ヌフ」(1985年、フランス、パリ)
「アンブレラ・プロジェクト」(1991年秋、アメリカ、カリフォルニア州および、日本、茨城県)
「梱包されたライヒスターク(帝国議会議事堂)
「梱包された木々」(1998年、バーゼル、スイス)
「梱包されたスヌーピーの家」(2003年、アメリカ、カリフォルニア)
「門」(ザ・ゲーツ)(2005年、アメリカ、ニューヨーク)

1935 ブルガリアのカブロヴォに生まれる
1958 パリへ移り、物体を梱包する活動を始める
1961 梱包された公共の建物のプロジェクトのフォトコラージュ等を発表
1964 ニューヨークに移住。オランダとアメリカでプロジェクト実施
1970 東京ビエンナーレ人間と物質に参加
1973 アメリカ国籍取得
1979 「ザ・ゲート」(ニューヨーク)を発案
2005 「ザ・ゲート」(ニューヨーク)長年の交渉の末に実現

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