【福岡県の絵画買取】|髙島野十郎をはじめ、県ゆかりの有名画家紹介と作品価値を解説

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福岡県のご実家や蔵の片隅に、古い絵画が眠っていませんか?「うちにはそんな立派なものはないよ」と思われるかもしれません。しかし、福岡という土地は、単なる九州の中心都市ではなく、日本の近代美術史を塗り替えるほどの、数多くの天才画家たちを輩出した「芸術のるつぼ」だったことをご存知でしょうか。

特に明治から大正にかけて、日本の洋画界を牽引した巨匠たちの多くが、この福岡の地、とりわけ久留米市から羽ばたいていきました。彼らの情熱、探求心、そして革新的な作品は、100年以上経った今もなお、国内外で高く評価され続けています。

この記事では、福岡が誇る5人の偉大な画家たち—夭折の天才・青木繁、静謐なる探求者・坂本繁二郎、孤高の写実画家・髙島野十郎、世界を旅した巨匠・吉田博、そして従軍の画家としても知られる・中村研一—の魅力に迫ります。彼らがどのような人生を送り、福岡とどう関わり、どんな世界を描いたのか。そして最も気になる、彼らの作品が持つ「現在の価値」について、専門家の視点から分かりやすく解説します。

この記事を読み終える頃には、ご自宅の絵画を見る目が変わっているかもしれません。もしかしたら、あなたの家にも、歴史に名を刻む一枚が静かにその価値を認められる日を待っているのではないでしょうか…?

目次

青木繁:夭折の天才、その情熱とロマン

青木繁

どんな人?経歴とプロフィール

1882年(明治15年)、福岡県久留米市に生まれた青木繁は、日本の近代洋画史に稲妻のような閃光を放って消えた、まさに「夭折の天才」です。厳格な父との確執の中で育ちながらも、幼い頃から絵画への情熱を抑えきれず、同郷の友人でありライバルとなる坂本繁二郎と共に、地元の洋画家・森三美のもとで絵画の基礎を学びました。

その後、画家になる夢を追い上京。小山正太郎が主宰する画塾「不同舎」を経て、東京美術学校(現在の東京藝術大学)に入学し、黒田清輝らの指導を受けます。在学中からその才能は開花し、『古事記』を題材にした『黄泉比良坂(よもつひらさか)』で画壇に衝撃を与え、卒業直後に描いた代表作『海の幸』でその名声を不動のものとしました。しかし、その栄光は長くは続きませんでした。官設の展覧会「文展」での落選、経済的な困窮、家族との不和が重なり、故郷・九州へ戻った後は各地を放浪する失意の日々を送ります。そして1911年、肺結核のため、わずか28歳という若さでその短い生涯を閉じました

福岡との素敵な関係

青木の芸術の原点は、生まれ故郷である久留米にあります。画家としての第一歩を踏み出した森三美の画塾での学びがなければ、その後の青木は存在しなかったでしょう。輝かしい成功を夢見て上京した彼ですが、その最期は福岡の地でした。失意の中、九州各地をさまよった晩年の日々は、彼の人生の悲劇性を象徴していますが、その中で描かれた『秋声』などの作品には、故郷の風景と自身の内面が色濃く反映されています。福岡は、彼の栄光の出発点であり、悲劇的な終着点でもある、そのドラマと分かちがたく結びついた土地なのです。

ここがスゴイ!作品の世界観と特徴

青木の作品は、明治時代のロマン主義(感情・物語性を大事にした作風)を象徴するものです。彼は、当時最新の西洋の油彩技法を用いながら、その主題には日本の神話や古代史を選びました。これは、単に西洋の模倣ではない、日本独自の洋画を創造しようとする強い意志の表れでした。その作風は、鮮やかで力強い色彩、躍動感あふれる構図、そして観る者の魂を揺さぶるような情熱的な筆致が特徴です。

あまりにも有名な代表作『海の幸』は、友人・坂本繁二郎が目撃した大漁の様子を伝え聞き、その話から想像力を膨らませて描いた作品です。実際の光景を見ていないにもかかわらず、古代の神話の一場面のような、生命力に満ちた壮大な世界をキャンバスの上に現出させたのです。一部が未完成のようにも見える荒々しいタッチも含めて、その圧倒的なエネルギーは、今なお多くの人々を魅了し続けています。

代表作と出会える場所

《海の幸》(1904年)

海の幸

青木の代名詞ともいえる作品。重要文化財に指定されています。所蔵は東京のアーティゾン美術館です。
(所蔵:アーティゾン美術館

《わだつみのいろこの宮》(1907年)

わだつみのいろこの宮

日本神話を題材にしたロマンあふれる大作。こちらも重要文化財で、同じくアーティゾン美術館が所蔵しています。
(所蔵:アーティゾン美術館

《黄泉比良坂》(1903年)

黄泉比良坂

画壇に衝撃を与えた初期の傑作。東京藝術大学大学美術館で見ることができます。
(所蔵:東京藝術大学大学美術館

その他、福岡県立美術館福岡市美術館にも、重要な作品や素描が収蔵されています。

気になる価値は?市場での評価と買取のポイント

28歳で亡くなった青木繁は絶対的な作品数が少なく、その多くが美術館に収蔵されているため、市場に出てくることは極めて稀です。

そのため、もし油彩画が市場に出れば、間違いなく高い評価額がつくでしょう。油彩画だけでなく、デッサンや水彩画であっても、その希少価値から高値で取引される可能性があります。

ただし、人気画家ゆえに贋作も多く存在するため、信頼できる専門家による真贋の鑑定が価値を決める上で最も重要なポイントとなります。

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坂本繁二郎:静謐なる探求者、生涯の画業

どんな人?経歴とプロフィール

青木繁と同じ1882年、久留米市に生まれた坂本繁二郎は、青木とは対照的に、静かな探求の道を歩み続けた巨匠です。彼もまた森三美に学び、青木に誘われるようにして上京しました。親友であった青木の死後、その遺作展の開催に尽力するなど、彼の功績を後世に伝える役割も果たしました。

1921年から3年間フランスに留学し、印象派などの影響を受けながら自身の画風を模索します。しかし、彼のユニークな点は、留学後に多くの画家が選んだ東京やパリといった華やかな画壇にはとどまらず、故郷である福岡に戻ったことでした。はじめは久留米市に、後に八女市にアトリエを構え、87歳で亡くなるまでその地で制作を続けました。1956年に文化勲章を受章するという最高の栄誉に輝きながらも、中央画壇とは一線を画し、日本芸術院会員への推挙を辞退するなど、生涯にわたって孤高の求道者であり続けました

福岡との素敵な関係

坂本繁二郎にとって、福岡、特に八女の地は単なる活動拠点以上の意味を持っていました。都会の喧騒を離れ、故郷の穏やかな自然と向き合うことは、彼の芸術にとって不可欠な選択だったのです。彼の作品に繰り返し登場する馬や静物、そして故郷の風景は、単なるモチーフではなく、彼の精神そのものを映し出す鏡のような存在でした。久留米市には今も彼の生家が保存されており(市指定有形文化財)、彼がいかに深くこの土地に根差していたかを物語っています。

ここがスゴイ!作品の世界観と特徴

放牧:「阿蘇五景」より
放牧:「阿蘇五景」より

坂本の画風は、「西洋の合理的な技法と、東洋の深遠な精神が見事に結びついた」と評されます。その特徴は、柔らかく、穏やかで、それでいて奥深い色彩にあります。輪郭線をはっきりと描かず、色を幾重にも塗り重ねることで、描かれる対象と背景が溶け合うような、幽玄で詩的な空間を創り出しました。

彼の世界を彩る主なモチーフは以下の通りです。

  • 馬: 彼の代名詞ともいえるモチーフ。力強さの象徴としてではなく、自然の一部として静かに佇む姿が描かれます。代表作『水より上る馬』や『放牧三馬』が有名です。
  • 静物: 柿や林檎、陶器といった何気ない日常の品々が、静かな存在感を放ちながら描かれます。

代表作と出会える場所

《帽子を持てる女》(1923年)

フランス留学時代の傑作。こちらもアーティゾン美術館の所蔵です。
(所蔵:アーティゾン美術館

《放牧三馬》(1932年)

坂本の馬の絵の代表作の一つ。アーティゾン美術館で見ることができます。
(所蔵:アーティゾン美術館

《水より上る馬》(1937年)

躍動感と静けさが同居する不思議な魅力を持つ作品。東京国立近代美術館が所蔵しています。
(所蔵:東京国立近代美術館

彼の作品は、福岡県立美術館久留米市美術館京都国立近代美術館など、多くの美術館で鑑賞できます。

気になる価値は?市場での評価と買取のポイント

文化勲章を受章している坂本繁二郎は、現在も美術市場で非常に人気が高く、安定した評価を得ている画家です。

特に、画業を象徴する「馬」を描いた作品や、静謐な空気が漂う晩年の「月」「能面」のシリーズは人気が高く、高価買取に繋がりやすい傾向があります。

もしお手元に坂本繁二郎の作品がございましたら、東京美術倶楽部による鑑定書の有無も重要なポイントとなりますので、合わせてご確認ください。

髙島野十郎:孤高の写実、没後に輝く光

どんな人?経歴とプロフィール

1890年、久留米市の裕福な造り酒屋に生まれた髙島野十郎は、日本の画壇において最もミステリアスな存在の一人です。驚くべきことに、彼は東京帝国大学(現在の東京大学)農学部水産学科を首席で卒業した超エリートでした。しかし、約束された輝かしい未来を捨て、独学で画家の道に進むことを決意します。

彼は生涯、どの美術団体にも属さず、師も持たず、まるで求道者のように孤高の人生を送りました。個展以外で作品を発表することもほとんどなく、生前は「幻の画家」と呼ばれ、画壇では全く無名の存在でした。その驚くべき画業が広く知られるようになったのは、1975年に亡くなってから10年以上が経過した後の、大回顧展がきっかけでした。ちなみに、青木繁に千葉・布良海岸への旅を勧めた詩人・高島宇朗は彼の実兄です。

福岡との素敵な関係

野十郎もまた、青木や坂本と同じ久留米の芸術的土壌から生まれました。ヨーロッパから帰国した際には、実家の酒蔵をアトリエとして使っていた時期もあります。生涯の多くを旅と制作に費やした彼ですが、その謎に満ちた画業の出発点は福岡にありました。そして、彼の再評価に大きな役割を果たしたのが福岡県立美術館であり、今では世界有数の野十郎コレクションを誇る、ファンにとっての聖地となっています。

ここがスゴイ!作品の世界観と特徴

野十郎の作品の最大の特徴は、見る者を圧倒する「超絶的な写実」です。まるで写真、あるいはそれ以上に、対象の存在そのものを捉えようとするかのような、息をのむほどの緻密な描写力を持っています。

光と闇の探求: 彼は光を描くことに執着しました。その象徴が、暗闇に浮かぶ一本の蝋燭の炎を描いた一連の作品です。これらは単なる静物画ではなく、光と闇、生と死、存在そのものを問うような、深い哲学的な思索を感じさせます。

精神性: 独学でありながら、その作品には仏教などへの深い関心がうかがえる、静かで精神的な空気が流れています。彼は蝋燭の炎や月、太陽の光の中に、神仏の姿を見ていたのかもしれません。

代表的なモチーフ: 「蝋燭」が特に有名ですが、果物や植物を描いた静物画、何気ない風景画も、すべてが驚異的な写実力で描かれています。

代表作と出会える場所

《蝋燭》(制作時期多数)

高島野十郎_蝋燭

彼の代名詞ともいえる作品。様々なバージョンが存在し、福岡県立美術館や久留米市美術館が代表的な作品を所蔵しています。
(所蔵:福岡県立美術館久留米市美術館

《月》(1962年)

静寂の中に浮かぶ満月を描いた名作。福岡県立美術館蔵。
(所蔵:福岡県立美術館

《からすうり》(1935年)

細密描写の極致ともいえる静物画。こちらも福岡県立美術館で見ることができます。
(所蔵:福岡県立美術館

(注目情報): 2025年から2026年にかけて、没後50年を記念した大規模な回顧展が全国を巡回し、福岡県立美術館でも開催が予定されています。これは彼の作品に触れる絶好の機会です。

気になる価値は?市場での評価と買取のポイント

生前は無名だったため、作品の多くは知人などに贈られ、一般の家庭に眠っている可能性が他の画家に比べて高いと言われています。

没後の再評価、特にテレビ番組で特集されて以降、人気は急騰し、現在では市場で最も注目される画家の一人です。

圧倒的な人気を誇る「蝋燭」の作品は、サイズが小さくても非常に高額で取引されます。風景画や静物画も、野十郎ならではの趣の深い作品は評価が高くなります。

独学の画家であったため、真贋の判断が非常に難しく、信頼できる鑑定が不可欠です。

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吉田博:世界を旅した風景画の巨匠

吉田博 世界を魅了した日本の木版画

どんな人?経歴とプロフィール

1876年、久留米市に生まれた吉田博は、日本の風景画に新たな地平を切り開いた国際的なアーティストです。福岡市の修猷館高校在学中に図画教師であった吉田嘉三郎に才能を見出され、養子となりました。上京後は青木や坂本と同じく「不同舎」で学び、明治の洋画界を二分した「太平洋画会」の創立に参加し、中心人物として活躍します。

彼の特徴は、その驚異的な行動力と国際感覚にあります。明治時代から何度もアメリカやヨーロッパへ渡り、後にはインドや東南アジアまで旅をして、世界中の風景を描きました。当初は水彩画や油彩画の名手として知られていましたが、49歳の時に木版画の制作を開始。西洋的な写実表現(遠近法や光の表現)と、日本の伝統的な木版画の技術を融合させ、自ら彫りや摺りの工程を厳しく監督することで、これまでにない新しい版画芸術「新版画」を確立しました

福岡との素敵な関係

吉田博の芸術家としての人生は、久留米で生まれ、福岡市の修猷館で才能を見出されたことから始まりました。養子になったエピソードは、彼がプロの画家への道を歩む決定的な転機であり、福岡という土地が彼の運命を切り開いたと言えるでしょう。世界を舞台に活躍した彼ですが、その芸術の根っこは福岡にあり、福岡県立美術館は彼の初期の傑作を含む重要なコレクションを所蔵しています。

ここがスゴイ!作品の世界観と特徴

グローバルな視点: スイスのアルプス、インドのタージ・マハル、アメリカのグランドキャニオンなど、世界の名だたる風景を壮大なスケールで描きました。もちろん、日本の美しい風景も数多く手がけています。

光と水の魔術師: 彼の作品は、光と影、そして水の表現が絶妙です。同じ版木を使いながら、摺りの色を変えることで、朝、昼、夕、夜と、同じ風景が見せる様々な表情を描き分けることさえありました。

新版画のパイオニア: 伝統的な浮世絵とは一線を画す「新版画」運動の旗手でした。何十回も色を重ねて摺ることで、水彩画のような繊細な色のグラデーションや、空気感まで表現する超絶技巧は、国内外で絶賛されました

代表作と出会える場所

《雲井桜》(1899年頃)

若き日の才能が凝縮された、美しい水彩画の傑作。福岡県立美術館蔵。
(所蔵:福岡県立美術館

《千古の雪》(1909年)

文展で最高賞を受賞した、日本アルプスを描いた油彩画の名作です。

木版画の連作

最も有名なのは、世界各地の風景を描いた木版画シリーズです。これらの作品は、福岡県立美術館をはじめ、世界中の美術館に収蔵されています。
(主な所蔵:福岡県立美術館

気になる価値は?市場での評価と買取のポイント

吉田博は、リストアップした画家の中でも特に国際的な人気が非常に高い画家です。彼の木版画は、かのダイアナ妃にも愛されたというエピソードがあるほどで、海外のコレクターからの需要が絶えません。このグローバルな人気が、彼の作品の価値を安定して高いものにしています。

査定において最も重要なのは、画家本人が監修して摺られた「自摺(じずり)」であるかどうかです。

作品の余白に鉛筆のサインと「自摺」の印があるものは、画家没後に摺られた「後摺(あとずり)」に比べて格段に評価が高くなります。

また、同じ「自摺」でも摺師によって価値が変わることもあります。人気の風景画、特に海外の風景を描いたものは高価買取に繋がりやすいですが、シミやヤケ、破れなどの保存状態も査定額に大きく影響します。

中村研一:画壇を率いたアカデミズムの旗手

どんな人?経歴とプロフィール

1895年、福岡県宗像市に生まれた中村研一は、官設展覧会を舞台に活躍し、昭和の画壇をリードしたアカデミズムの巨匠です。父は住友の鉱山技師長を務めたエリートで、弟の中村琢二もまた著名な洋画家です。

福岡の修猷館高校時代に絵画同好会「パレット会」で画才を磨き、東京美術学校では岡田三郎助に師事しました。帝展(帝国美術院展覧会)で特選を連続受賞するなど若くして頭角を現し、その後6年間にわたるフランス留学を経て、その地位を不動のものとします。帰国後は帝展、文展、日展といった日本の美術界の中心で審査員を歴任し、日本芸術院会員にも選ばれるなど、まさに画壇の重鎮として活躍しました。第二次世界大戦中は、従軍画家としても重要な作品を残しています。

福岡との素敵な関係

青木や髙島のようなロマンティックな反骨精神とは対照的に、中村研一はアカデミズムの王道を歩んだ画家です。彼の存在は、福岡の芸術がいかに多様な才能を育んだかを示しています。彼の原点である修猷館での日々は、福岡の活気ある芸術コミュニティの中で育まれたものでした。現在、彼の生家跡(宗像市)には、弟・琢二と共にその画業を記念する美術館が建てられています。

ここがスゴイ!作品の世界観と特徴

揺るぎない写実力: 中村の画風の根幹にあるのは、抜群のデッサン力に裏打ちされた、堅実で明快な写実主義です。その格調高い作風は、昭和の洋画界における一つの規範となりました。

鮮やかな色彩感覚: 骨格のしっかりした写実描写の上に、鮮やかで美しい色彩を加えることで、作品に華やかさと近代的な感覚をもたらしました。

多様な画題: 妻をモデルにした気品あふれる婦人像や裸婦像で特に高い評価を得ましたが、静物画や風景画においても多くの傑作を残しています。

代表作と出会える場所

《涼しきひま》(1921年)

若き日の才能を示す帝展特選受賞作です。

《弟妹集う》(1930年)

出展:Wikipedia

帝国美術院賞を受賞した彼の代表作。大阪の住友クラブが所蔵しています。
(所蔵:住友クラブ)

《コタ・バル》(1942年)

出展:Wikipedia

従軍画家として制作した作品の中でも特に有名な一枚で、朝日賞を受賞しました。

彼の作品は、福岡県立美術館をはじめ、全国の主要な美術館に収蔵されています。

気になる価値は?市場での評価と買取のポイント

官展の中心的な画家として活躍した中村研一の作品は、現在も根強い人気があり、安定した評価を得ています。

特に評価が高いのは、彼の代名詞ともいえる「裸婦」を描いた作品です。また、留学時代や戦後に描かれたフランスの風景画も人気があります。

査定においては、東京美術倶楽部等の信頼できる鑑定機関による鑑定書の有無が重要なポイントとなります。油彩画だけでなく、水彩画やデッサンなども市場で取引されており、ご自宅に眠っている可能性があります。

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まとめ:福岡のアートが秘める可能性

今回ご紹介した5人の画家たちは、福岡という同じ土壌から生まれながらも、全く異なる芸術の道を歩みました。夭折したロマンの天才・青木繁。故郷で静かに芸術を深めた求道者・坂本繁二郎。誰にも知られず独学で真理を追究した孤高の画家・髙島野十郎。世界を舞台に日本の美を発信した国際人・吉田博。そして、画壇の中心で揺るぎない地位を築いたアカデミズムの旗手・中村研一。

彼らの存在は、福岡の文化的な懐の深さを物語っています。そして、彼らが残した傑作の多くは美術館に収蔵されていますが、すべての作品がそうではありません。スケッチや習作、あるいは知人に贈られた一枚など、まだ世に出ていない価値ある美術品が、今も福岡のどこかの家で静かに眠っている可能性は十分にあります。それらは単なる「古い絵」ではなく、福岡の豊かな文化史を物語る、貴重な遺産なのです。

ご自宅やご実家の片隅に、今回ご紹介したような福岡ゆかりの画家の作品は眠っていませんか?サインが読めない、作者がわからない、そんな一枚にも、思いがけない価値が秘められているかもしれません。

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