【2025年最新】島岡達三の買取相場と作品価値|人間国宝が手掛けた縄文象嵌の魅力
- 人間国宝
- 益子焼
はじめに
「縄文象嵌(じょうもんぞうがん)」という独自の技法で陶芸界に革新をもたらした島岡達三(しまおか たつぞう)。人間国宝の称号を授かったその作品は、独創的な美意識と卓越した技術により、国内外で高い評価を受けています。
島岡達三は早くから個性的な表現を追求するよう師・濱田庄司から教えを受けたこともあり、他の陶芸家に比べて独創性豊かな作風が特徴です。特に組紐師だった父の仕事からインスピレーションを得て開発した「縄文象嵌」は、彼の作品を代表する技法となりました。
この記事では、島岡達三の歩みと作品の魅力を紹介するとともに、作品の相場や高額査定のためのポイントについても詳しく解説します。島岡達三作品をお持ちの方、あるいは売却を検討されている方は、どうぞ最後までご覧ください。
※縄文象嵌:縄の文様を活かし、器の土に縄目を入れて模様を作り出し、そこに異なる色の土を埋め込む独自の装飾技法。

島岡達三とは?
組紐師の家に生まれ陶芸家を志した経緯
島岡達三は、1919年10月27日、東京都港区愛宕町に三代続く組紐師の家系に生まれました。父・島岡米吉のもとで幼少期を過ごした彼は、後に独自の陶芸技法を生み出す礎となる体験を積んでいきます。
陶芸の道に進むきっかけとなったのは、東京府立高校在学中の1938年、日本民藝館を訪れた時の体験でした。そこで目にした濱田庄司や河井寛次郎の作品に深く感銘を受けた島岡は、翌1939年に東京工業大学窯業科(ようぎょうか)への進学を決意します。
本来は文系志望だった島岡でしたが、当時の時代背景から理系人材が重宝される状況を考慮し、工学の道へと進みました。美術の専門知識はなかったものの、大学で学んだ科学的知見を活かせる釉薬(ゆうやく)研究に興味を持ち、陶芸の道を選択したのです。
大学在学中から、東京高等工業学校の先輩でもあった濱田庄司を訪ね、弟子入りを志願。しかし太平洋戦争の勃発により、その修行は一時中断を余儀なくされることになりました。
※窯業科:陶磁器や耐火物など、窯を用いて製造される無機材料に関する技術や科学を研究する学科。
※釉薬:陶磁器の表面に施すガラス質の層のこと。装飾効果や防水性を高めるために用いられる。

益子焼と濱田庄司の影響
1942年に入隊した島岡は翌年ビルマへ出征し、終戦後はタイの捕虜収容所で過ごした後、1946年にようやく日本へ帰国しました。
帰国後、両親を伴って栃木県益子町へ移り住み、念願の濱田庄司のもとで本格的な修行を始めます。この時期の学びは単なる技術習得にとどまらず、陶芸哲学や人生観にまで及ぶ深いものでした。
3年間の修行を経て、濱田の推薦により栃木県立窯業指導所に技師として勤務。ここで粘土や釉薬の研究に没頭する一方、濱田に同行して全国の博物館や大学を巡り、古代土器の研究にも取り組みました。この経験が後の「縄文象嵌」技法開発の土台となります。
1953年、指導所を退職した島岡は独立し、濱田邸に隣接する場所に自らの窯を構えました。当初は師と似た作風で制作を始めましたが、次第に独自の「縄文象嵌」技法を確立していくことになります。
人間国宝としての評価と国際的活動
独立後の島岡は日本国内だけでなく、世界各国での個展開催や作陶指導を精力的に行い、益子焼の魅力を広く発信する活動にも力を注ぎました。
1960年代からは縄文象嵌技法を本格的に採用し、地元素材を活かした柿釉(かきゆう)や黒釉など多様な釉薬と組み合わせることで、独自の表現世界を広げていきました。
その功績は多くの賞として認められ、1980年に栃木県文化功労章、1994年には日本陶磁協会賞金賞を受賞。そして1996年、「民芸陶器(縄文象嵌)」の分野で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される栄誉に輝きました。
さらに1999年には勲四等旭日小綬章を受章し、2002年には栃木県名誉県民の称号も授与されています。2007年、88歳で生涯を閉じるまで、病床にあってもなお創作への情熱を失わず、孫の島岡桂に制作指示を出すなど、最期まで陶芸家としての姿勢を貫きました。
※柿釉:益子焼を代表する釉薬のひとつ。地元の山の岩を砕いて粉末にし、水で溶くと柿色に発色する釉薬。

島岡達三の作品の魅力や特徴
縄文象嵌技法の誕生と特徴
島岡達三の作品を語る上で欠かせないのが「縄文象嵌」技法です。この独創的な技法は、濱田庄司のもとでの修行と全国の古代土器研究から着想を得て生まれました。
縄文象嵌とは、組紐を使って器物の表面に網目模様を付け、そこに異なる色の土を埋め込む高度な技法です。具体的には、まだ半乾きの状態の作品表面に組紐を転がして模様を付けた後、全体に異なる色の化粧土(けしょうつち)を塗布。乾燥後に表面を薄く削り取ることで独特の模様が現れます。
この工程により、凹んだ部分だけに化粧土が残り、平らな部分からは素地の白土が姿を現します。結果として、白い陶器の表面に色鮮やかな網目模様が浮かび上がる、独特の風合いが生まれるのです。青や黒などの化粧土を使い分けることで、さらに多彩な表現が可能になりました。
この技法は、幼少期から父の組紐製作を間近で見てきた島岡だからこそ考案できた、まさに彼の生い立ちと経験が結実した独自の芸術表現といえるでしょう。
※化粧土:陶磁器の表面に塗る色付きの粘土のこと。装飾効果を出すために使用される。
釉薬と色彩表現の多様性
島岡達三は縄文象嵌だけでなく、様々な技法を幅広く取り入れた作品づくりを行っていました。例えば、白い部分を窓のように残して赤絵で描く手法や、師・濱田庄司から学んだ「塩釉(えんゆう)」なども積極的に活用しています。
塩釉とは、作品を窯で焼成中に食塩を投入し、化学反応によって表面にガラス質のコーティングを施す技法です。特に塩が付着した部分が青色に変化する特性を活かし、「塩釉象嵌縄文扁壺」では縄文象嵌の溝に食塩が入り込むことで、青と素地のコントラストが美しい縞模様を生み出しています。
また、益子焼の伝統的な釉薬である柿釉と赤絵の組み合わせも特徴的です。柿釉は地元の山から採取した岩を粉砕して水で溶かすと柿色に発色する釉薬で、濱田庄司の技法を基礎としながらも、島岡独自の温かみのある表現へと発展させました。この釉薬の発色をコントロールするには高度な技術が求められます。
※塩釉:陶器を窯で焼いている最中に食塩を入れ、化学変化によって陶器の表面にガラス質のコーティングを作る技法。
代表的な作品シリーズとその特徴

島岡達三の作品群には「窯変象嵌縄文壺」「鐵砂釉象嵌草花文角平皿」「塩釉象嵌草花文徳利」「灰被縄文象嵌壺」など、多様な代表的な作品があります。
※上記、作品名をクリックすると、各作品の画像をご覧いただけます。
「窯変象嵌縄文壺」は堂々とした存在感の壺作品です。島岡家の窯は特殊な構造を持ち、1300度を超える高温部屋で炭を投入することで強い還元環境と炭化現象を生み出します。この作品に見られる炭の痕跡は、まさに島岡家独自の窯の特性を体現しています。
「鐵砂釉象嵌草花文角平皿」には繊細な草花模様と縄文象嵌が施され、細部にまで行き届いた丁寧な仕事が感じられます。
「塩釉象嵌草花文徳利」は、縄目模様が特徴的な徳利です。縄と縄の間に鮮やかな色彩が入れられており、特に青色の釉薬が益子焼の地色と見事なコントラストを描き出しています。
「灰被縄文象嵌壺」は窯内の灰を被った痕跡が特徴的な壺で、炎と灰がもたらす自然のエネルギーを作品に取り込んでいます。島岡窯の独特な焼成方法により、灰の被り具合そのものが芸術表現の一部となり、他の陶芸作品にはない力強さと生命感を醸し出しています。
島岡達三は壺や皿、徳利といった大型作品だけでなく、コーヒーカップや茶碗などの日用品も多数手がけており、手頃な価格帯から高価なコレクションピースまで幅広い作品を残しています。
※地釉:益子焼において「並白(なみじろ)」とも呼ばれる透明な釉薬のこと。
島岡達三作品の買取相場・実績
※買取相場価格は当社のこれまでの買取実績、および、市場相場を加味したご参考額です。実際の査定価格は作品の状態、相場等により変動いたします。
塩釉象嵌縄文壷

象嵌赤繪草花文皿

縄文象嵌湯呑

島岡達三の作品の査定・買取について、まずはお気軽にご相談ください。
島岡達三の作品を高値で売却するポイント
来歴や付帯品・保証書
来歴や付帯品:購入先の証明や美術館に貸出、図録に掲載された作品等は鑑定書が付帯していなくても査定できる場合があります。
保証書:購入時に保証書が付帯する作品もあるので大切に保管しましょう。
贋作について
ここ数十年のインターネットや化学技術の向上により、著名作家の贋作が多数出回っています。ネットオークションでは全くの素人を装い、親のコレクションや資産家所蔵品等の名目で出品し、ノークレームノーリターンの条件での出品が見受けられます。
落札者は知識がないがために落札後のトラブルの話をよく聞きます。お手持ちの作品について「真贋が気になる」「どの様に売却をすすめるのがよいか」等、お困りごとがあればご相談のみでも承っております。
陶磁器
状態を良好に保つ為の保管方法
ガラス質の釉薬で表面を覆われた陶器や磁器は、観賞用や日常食器などで使われることがあります。表面が主にガラス質な為、水で洗う等したら表面の主な汚れは取れます。唯一、割れや欠けは避けるように大切に取り扱いましょう。もし割れたり欠けたりしても「金継ぎ」と言う技法で修復は可能です。近年では金継ぎの跡も鑑賞の対象として評価されつつあります。
共箱(ともばこ)
陶磁器を収納する箱の事で、蓋の表に表題(作品タイトル)、蓋の内側に作家のサインが作家自身の直筆で記載されてあります。共箱は陶磁器の証明書の役割をしており、無い場合は査定額に響く場合もあります。
書付、識箱・極箱
共箱の分類に書付(かきつけ)と識箱(しきばこ)・極箱(きわめばこ)があります。
書付とは茶道具を中心に各家元が優れた作品に対して銘や家元名を共箱に記します。
識箱・極箱は、作者没後、真贋を証明する為、鑑定の有識者や親族が間違いがないと認定した物に共箱の面や裏に記します。
島岡達三についての補足情報
島岡達三の作品を鑑賞できる施設

島岡達三の作品を実際に鑑賞できる施設として、東京工業大学博物館と益子陶芸美術館が挙げられます。これらの施設では島岡の作品だけでなく、民芸陶工の世界についても幅広く学ぶことができます。
東京工業大学博物館では、島岡の母校としての繋がりから多くの作品が展示されています。特に「中澤コレクション」と呼ばれる110点の作品群は見応えがあります。このコレクションは、島岡の大学時代の同級生で親友でもあった中澤三知彦氏によって寄贈されたもので、中澤氏は博物館設立にも尽力しました。
一方、益子陶芸美術館では益子焼の代表的作家として島岡の作品が展示されており、益子焼の伝統と革新を体感できる貴重な場所となっています。益子の地を訪れる際には、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
島岡家の系譜と技術の継承
島岡達三は数多くの弟子を育て、その技術と精神を次世代に継承しました。特に孫の島岡桂は「島岡製陶所」の二代目として島岡の遺志を引き継ぎ、伝統技法を守りながら新たな表現に挑戦しています。
まとめ
「縄文象嵌」という独自の技法を極め、人間国宝として認められた島岡達三。その作品は芸術性の高さはもちろん、日常使いの器としても高い評価を受け続けています。
島岡達三の作品は、近年ますます注目度が高まり、コレクターからの需要も増加傾向にあります。特に縄文象嵌の技法を用いた作品は、その独創性と希少性から高い評価を得ています。
当社では、あなたの大切な作品の価値を最大限に引き出すべく、丁寧な査定と適切なアドバイスを提供いたします。島岡達三の作品の買取をご検討される際は、ぜひお問い合わせください。
また、LINEからの査定依頼も受け付けています。(スマホで写真を撮って送るだけ!)詳しくは【LINE査定ページ】をご覧ください。