2025.09.09
ロバート・ロンゴ──現代社会を映すアート
「私の作品は、映画とモニュメントの中間のどこかに存在します。」
黒一色の背景に立ち上がる大きな波。スーツ姿の男女がよじれながら倒れ込む瞬間。星条旗を真っ黒に塗りつぶした旗。ロバート・ロンゴの作品に出会うと、まず目に飛び込んでくるのはその強烈な迫力です。動いていないのに動いて見える緊張感や、紙の上に描かれているのに音が聞こえるような感覚。作品は、私たちの心の中にある不安や衝動を呼び覚まし、社会や個人の孤独を目に見える形にします。
経歴と多様な才能
ロバート・ロンゴは1953年、ニューヨーク州ブルックリンで生まれました。ブッファロー州立大学で学び、シンディ・シャーマンらと共に活動しながら1970年代後半にニューヨークのアートシーンに登場。「ピクチャーズ・ジェネレーション」の中心人物として、絵画、彫刻、映像、映画などさまざまな表現に挑戦してきました。
映画や美術史からの影響も大きく、ファスビンダーやゴダールの映画に触発されて写真でポーズを撮り、それをもとに絵を描く方法を確立しました。さらに、異なるイメージを組み合わせて社会や心理の意味を探る実験も行い、映画的演出と構造的な考え方を融合させた作品で新しい視覚表現を切り開きました。
芸術のネットワーク
ロンゴは同時代のアーティストとも積極的に交流しました。シンディ・シャーマンやリンダ・ベンリスらと非営利スペース「Hallwalls」を作り、仲間と共に新しい場を作る姿勢は、1980年代のニューヨーク前衛芸術を支える力となりました。
シンディ・シャーマンやリンダ・ベンリスと非営利スペース「Hallwalls」を設立し、1980年代の前衛芸術を支えました。この活動にはリチャード・セラも関わり、展示やイベントを通してロンゴのコミュニティ作りを支援しました。制作の共同ではありませんが、アートの場づくりで協力関係にあったのです。
《Men in the Cities》で切り取る社会の緊張感
1980年代の《Men in the Cities》では、モノクロの精密なドローイングでスーツ姿の男女がよじれる姿を描きました。まるで感情の衝撃で投げ出される直前の瞬間のようで、都市生活のプレッシャーや窮屈さを象徴しています。写真のようにリアルですが、実は炭や鉛筆だけで描かれており、その時間と労力の重みが伝わってきます。リアルさと誇張されたポーズが混ざり合い、画面には独特の緊張感が漂います。
ロンゴは代表作《Men in the Cities》を制作するため、マンハッタンの屋上で友人を撮影しました。友人たちはロープで縛られ、物を投げつけられて体をねじる瞬間を捉えます。その姿は、表現ダンスや遊ぶ子供、苦悩する聖人などを思わせます。こうして撮影された写真を紙に投影し、モノクロで精密に再現します。ニューヨークの屋上や曇り空の背景は取り除かれ、人物たちは文脈から切り離されます。
この印象的なポーズは、スーツの型にはまったイメージを覆し、服装へのさりげない批評ともなっています。
代表作は《Men in the Cities》だけではありません。《Black Flags》シリーズでは星条旗を黒く塗りつぶし、国や権力の象徴を問い直しています。近年は環境問題や戦争、抗議デモをテーマにした大作も発表し、アートが「社会を考えるきっかけ」として機能することを示しています。ニュース映像をただ見るのではなく、立ち止まって考えるきっかけを与えてくれるのです。

日本で高まるロンゴ作品の人気
ロンゴは1990年、日本の西武百貨店を出版元として、オリジナルケース入りの《Men in the Cities》リトグラフ5枚組を発表しました。限定48組で販売されたこの作品は国内で販売されたため、その多くが日本のコレクターの手に渡っています。
2024年9月、この作品のコンプリートセットがフィリップス・ロンドンのオークションに出品されました。予想落札価格£20,000~30,000に対し、£38,100で落札。高い人気が改めて明らかにされました。
※£38,100(当時のレート日本円188.8,落札者手数料を含む)
また、2024年のアートフェア「Tokyo Gendai」では、ロンゴの新作ドローイング8点がPace Galleryにより展示されました。価格は約1,400万円から1億2,000万円で、ほぼすべてが日本のコレクターの手に渡りました。これにより、日本でのロンゴ作品への関心の高さが改めて証明されました。
彼の作品はホイットニー美術館、グッゲンハイム美術館、テート・モダン、ロサンゼルス・カウンティ美術館など世界の主要美術館に所蔵され、ヴェネツィア・ビエンナーレやドクメンタなど国際展にも参加して参加しており、世界的評価の高さが窺えます。
ロバート・ロンゴの魅力は、圧倒的な技術と緊張感で社会の現実を映し出す力、多彩な表現に挑み続ける探究心、仲間と共に場を作る行動力、そして世界に認められる価値にあります。彼の作品に触れることは、ただ絵を楽しむだけでなく、現代社会を読み解くもう一つの方法なのです。