作家・作品紹介

見えるものと感じるもののあいだに──ゲルハルト・リヒターという存在

ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)の絵を初めて見ると、「これ、本当に同じ人が描いたの?」と驚く人は少なくありません。
写真のようにリアルな肖像画もあれば、色と形がぶつかり合う抽象画もある。
その振れ幅の大きさに、最初は戸惑うかもしれません。

けれどリヒターにとってそれはごく自然なこと。
写実と抽象、現実と記憶、偶然と意図――彼はそのどちらかを選ぶのではなく、あいだにある“揺らぎ”そのものを描いてきました。
つまり、リヒターの作品は「世界の見え方」を探る試みなのです。

見えるものと感じるもののあいだに──ゲルハルト・リヒターという存在

写真のようで写真でない──フォト・ペインティングの衝撃

1960年代、リヒターはモノクロ写真をもとに油絵を描く「フォト・ペインティング」という手法を確立しました。
写真をそのまま再現しているように見えて、筆のストロークでわずかにぼかされた画面は、現実の再現というより“記憶の中の映像”のよう。

「写真=現実」「絵=表現」という従来の区別を軽やかに飛び越え、見ることの不確かさを可視化したといわれます。
代表作《ベティ》(1988年)では、振り向く少女の後ろ姿を驚くほど精緻に描きながらも、顔を見せない構図によって“見る”という行為そのものを問いかけます。

リヒターはぼかしやブレを「真実から逃げるため」ではなく、「真実に近づくため」に使う。
はっきり見えることが、かえって本質を遠ざけることもある――彼の作品はそんな問いを投げかけてくるのです。


見えるものと感じるもののあいだに──ゲルハルト・リヒターという存在

抽象というもうひとつの言葉

1970年代以降、リヒターは抽象画を中心に制作を続けます。
絵具をヘラ(スキージ)で何層にも塗り重ね、偶然に生まれる色の流れをそのまま作品として仕上げる。
そこには、コントロールと偶然の絶妙なバランスがあります。

遠くから見ると混沌としているようで、近づくと秩序が立ち上がる。
その奥行きのある表情は、まるで人間の感情のようです。

2012年、音楽家エリック・クラプトンが所有していた《アプストラクテス・ビルト Abstraktes Bild(809-4)》がロンドンのサザビーズで約3,420万ドル(当時約27億円)で落札されました。
生存するアーティストの作品としては当時の最高額を記録しました。
そのニュースは、リヒターが世界の美術市場でどれほど高く評価されているかを示す出来事でした。


見えるものと感じるもののあいだに──ゲルハルト・リヒターという存在

記憶と歴史、そして沈黙の中の問い

1932年、旧東ドイツのドレスデンに生まれたリヒター。
第二次世界大戦と東西分断を経験し、1961年に西ドイツへ移って制作活動を続けました。
その人生経験は、彼の作品の深層に静かに影を落としています。

テロ事件を題材にした連作では、報道写真をもとに淡くぼかした絵を描きました。
はっきり描かないことで、かえって「記録」よりも雄弁に記憶の曖昧さを語ります。
リヒターにとって絵画は感情の爆発ではなく、思考のための場。
見る者に即答を求めず、静かに問いを投げかけてくるのです。


見えるものと感じるもののあいだに──ゲルハルト・リヒターという存在

現代アートの“生ける伝説”

リヒターの作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、テート・モダン(ロンドン)、ポンピドゥー・センター(パリ)など、世界を代表する美術館に収蔵されています。
また、東京国立近代美術館(MOMAT)でも2022年に作品がコレクションに加わりました。

90歳を超えた今も創作を続けるリヒター。
絵画と写真、現実と記憶、秩序と偶然──そのあいだを行き来しながら、見ることの意味を探り続けています。

彼の作品の前に立つと、思わず考えてしまうのです。
「自分はいま、何を見ているのだろう」と。

リヒターは今もなお、“見える世界”と“感じる世界”の間を描き続ける、生きる伝説なのです。

※ Abstraktes Bild(809-4)画像:CHRISTIE’S より引用
※ Betty, 1988 画像:Artsy より引用

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