2026.04.21
やわらかな線が、瞳に火を灯す───いのまたむつみ
いのまたむつみは、やわらかな線と空気を感じるような色彩で、人物の感情と気配を美しく見せる絵を描きだしました。表情は派手に語らないのに、目が合った瞬間に気配が伝わる。大きいから印象に残るのではなく、目の奥に感情の芯が置かれていて、こちらが先に受け取ってしまう、そんな描き方です。

アニメーターからイラストレーターへ、線を磨いた時間
いのまたは高校時代からアニメ制作の現場に関わり、卒業後は葦プロダクションに入社。動画でデビューしたのち、原画やキャラクターデザインへ仕事を広げていきます。のちにカナメプロダクションへ移籍し、OVA作品などでもキャラクターデザイン・作画監督を担当しました。1991年には『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』でキャラクターデザインを担当するなど、アニメの現場でも存在感を示しました。
イラストレーターとしての転機としてよく挙げられるのが、小説『宇宙皇子』の挿絵です。地上に転生した超存在という主人公像は、それだけで神秘性をまとっています。そこに、いのまたが得意とした中性的でどこか儚い美少年像が重なり、物語の世界観に「顔」が与えられた。設定の強さが、絵によって一気に具体化した、と言ったほうが近いかもしれません。
この『宇宙皇子』には、象徴的なエピソードが残っています。来日中のマイケル・ジャクソンが書店で画集に目を留め、強く惹かれ、本人の希望で『月刊ニュータイプ』で対談が実現したという話です。マイケルは絵を見て「これは僕だ」と口にし、「こういうふうに描いてほしい」と頼んで、実際にイラストを描いてもらったそうです。国境を越えて魅力が伝わったことを示す、いのまたらしいエピソードです。

現場で鍛えた線とスピード
いのまたはアニメーターとしてキャリアを始め、原画や作画監督を通して「動く絵」を作り続けた人でもあります。線が細いのに弱くないのは、美しいだけでなく、動きの中でも破綻しない線を体に覚え込ませていたからでしょう。
当時の現場は、とにかく量が基準でした。「月に1200枚で一人前、1600枚でベテラン」といった言い回しが出てくるほどで、その密度が想像できます(絵がさらに緻密になった現在では、月400枚で一人前という感覚もあります)。膨大な量をこなすなかで培われた速さがあり、同時に、紙と鉛筆さえあれば身の回りのものにすぐ描いてしまう。根底には「描くことが大好き」という単純で強い気持ちがあったのだと思います。
アニメファンの間では、細身の体つきと大きめの瞳を特徴とする絵柄が「いのまた画」と呼ばれるほどで、『北斗の拳』で作画監督を務めた回のリン(少女キャラクター)が「やけに可愛い」と話題になった、というのもうなずけます。

好きなものに深く潜る──ゲームの没頭が示す集中力
繊細な人物画の作家像からは意外ですが、いのまたは気に入ったことは何にでも本気でのめり込むタイプでした。ゲーム『バーチャファイター2』に熱中して筐体を購入し、大会にも出る。勝ちにいくために研究し、徹夜で詰める。さらに『モンスターハンター』ではPSPを何台も使いつぶした、という話まであります。好きなものに対しては、片手間では済まさない。徹底的に入り込む。その集中力は、絵に向き合う姿勢とも通じているのでしょう。
2024年3月、いのまたは急逝しました。その時期は、鳥山明の訃報が広がって間もないタイミングでもあり、90年代以降のポップカルチャーに親しんだ層にとって、喪失感が重なった記憶として残っているはずです。
鳥山明が『ドラゴンクエスト』のキャラクターデザインを担い、いのまたがその世界を題材にした小説版の挿絵で物語に光を差し込んでいた。線のタイプは違っても、どちらも「物語の入口を作る」仕事をしてきた二人でした。そんな二人が、ほど近い時期に相次いで旅立ったことに、どこか不思議な縁を感じてしまいます。
透明感のある明るい色彩と、夢見るような空気感のなかで、人物のかわいらしさや心の機微を描き出してきた、いのまたむつみ。彼女が残した数々の作品とキャラクターは、作品世界の記憶とともに、これからも長く愛され続けていくことでしょう。