2026.07.21
風景に宿る祈りと力 画家・浜田泰介
浜田泰介の絵を見ると、「日本はこんなに美しかったのか」と改めて気づかされます。
朝日に染まる富士山、満開の桜、深い緑に包まれた山々、空の色を映す湖面。どれも見慣れた景色のはずなのに、浜田の画面では、初めて見る風景のように鮮やかです。
色は明るく、ときに力強い。それでも、派手さだけが前に出ることはありません。山肌に差す朝の光、水面の細かな揺れ、遠くへ続く雲の流れまで丁寧に描かれています。
富士や桜を描いた日本画家として知られる浜田泰介。しかし、その歩みをたどると、ひとつの画材や描き方に収まらず、常に新しい表現を探してきた画家の姿が見えてきます。

日本画から抽象画へ、新しい表現を求めて
浜田泰介は1932年、愛媛県宇和島市に生まれました。
実家は料理屋を営み、部屋には著名な画家の日本画が飾られていました。画商をしていた叔父に連れられて絵の買い付けに同行することもあったといい、幼いころから多くの作品に触れ、自然と審美眼を養っていきました。
17歳で画家になることを決意し、京都へ向かいます。京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)で日本画を学び、専攻科へ進みました。
しかし、関心は日本画だけにとどまりませんでした。学生時代には陶芸や油絵、彫刻にも興味を広げ、戦後の新しい芸術運動にも強く惹かれていきます。
なかでも夢中になったのが、身体全体を使って描くアクション・ペインティングでした。勢いよく走る線や飛び散る絵具によって表現した《SAMURAI》シリーズは、現在の穏やかな風景画からは想像できないほど力強い作品です。
1961年には京都市美術館で開かれた展覧会で作品が購入されたことをきっかけに渡米。アメリカでも抽象画が評価され、個展を開くなど国際的な経験を積みました。

油彩で描く、日本画のような世界
浜田泰介の制作を語るうえで欠かせないのが、表現したいものに合わせて画材や技法を柔軟に選び続けた姿勢です。
日本画を学びながら、油彩や陶芸、彫刻にも取り組み、若いころには抽象画も制作しました。ひとつの技法にとらわれることなく、その時々に最もふさわしい表現方法を追求したことが、浜田作品の大きな特徴といえます。
近年広く知られている風景画には、キャンバスに油彩で描かれた作品が数多くあります。しかし、その表現は一般的な油絵とは趣を異にします。絵具を厚く塗り重ねるのではなく、透明感のある色彩を幾重にも重ねることで、山並みや湖、空へと続く奥行きを生み出しています。
富士山を画面いっぱいに描いても圧迫感はなく、周囲の空や湖がゆったりと広がります。桜の花びらも繊細に描き込まれていますが、画面全体は軽やかで、どこか日本画を思わせる趣があります。
日本画で培った感性を油彩で表現した独自の画風こそ、浜田泰介作品の大きな魅力であり、多くの人を惹きつける理由となっています。

富士や桜に託した、日本の四季
浜田が生涯を通して描き続けたのは、日本各地の風景でした。
富士山、桜、湖、渓谷、山並み。「日本百景」「四国八十八ヶ所霊場めぐり」「大津百景」など、各地を巡って描いた連作も残しました。
同じ富士山でも、朝焼けに染まる姿と雪深い冬の姿では、まったく印象が異なります。桜も、満開の華やかさだけではなく、朝のやわらかな光や夕暮れの落ち着いた色合いまで描き分けています。
名所をそのまま写すのではなく、自分がその場所で心を動かされた景色を画面に残す。それが浜田の風景画でした。

「平成のふすま絵師」と呼ばれた理由
浜田泰介が社寺の障壁画を本格的に手がけるようになったのは、60歳を迎えるころでした。
最初の大きな仕事となった京都・大覚寺をはじめ、醍醐寺、東寺、伏見稲荷大社、上賀茂神社、石清水八幡宮など、日本を代表する社寺へ作品を奉納しました。
なかでも醍醐寺三宝院では、約7年をかけて150面に及ぶ襖絵を完成させています。
襖絵は、一枚の絵として完成すれば終わりではありません。襖を開けたとき、閉じたとき、人が部屋を歩いたときまで考えながら、一つの空間全体を描き上げる仕事です。
抽象画で培った大胆な構成と、風景画で磨いた奥行き。その両方が、大きな空間を描く仕事につながりました。
浜田は自らを「平成のふすま絵師」と呼びました。その言葉には、古い形式をなぞるのではなく、現代の画材と感覚で襖絵を描くという自負が込められていたのでしょう。

日本の景色を、もう一度見つめたくなる
抽象画から始まり、油彩による風景画、そして寺院の障壁画へ。
浜田泰介の歩みは、一つの表現にとどまることなく、新しい挑戦を積み重ねてきた歴史でもありました。
それでも、作品づくりの根底にある思いは変わりません。
日本の山や湖、桜や富士山を、自分の目で見つめ、自分の色で描くこと。
作品を見終えたあと、朝の空や湖の光に、ふと足を止めたくなります。
見慣れた風景にも、まだ気づいていない美しさがある。そのことを、浜田泰介の絵は静かに教えてくれます。