2026.07.14
花が咲く音まで描く 森田りえ子の生命力
森田りえ子の花を見ていると、ただ「きれいだ」とは思いません。
花びらが風を受けて揺れ、茎が伸び、今まさに咲こうとしている。そんな勢いまで伝わってきます。四季折々の花々、京都の舞妓、エキゾチックな女性たち。題材はさまざまですが、どの作品にも共通しているのは、生きものが持つ力を描こうとする姿勢です。
華やかな色彩に目を奪われますが、森田りえ子が見つめているのは、美しさだけではありません。花が咲き、やがて枯れていくまでの時間。その移ろいまで、一枚の絵に描き込もうとしています。

花と向き合い続けて生まれた写生
森田りえ子の作品を支えているのは、徹底した写生です。
学生時代には、一つの花が咲き始めてから枯れるまで、何度も同じ場所へ通って描き続けました。つぼみがふくらみ、花が開き、やがて色を失い、種を残して枯れていく。その変化を追い続けるうちに、花を「形」ではなく、一つの命として捉えるようになったといいます。
だから森田の花には、植物図鑑のような正確さだけではない、生き生きとした力があります。
咲き誇る姿だけでなく、枯れゆく姿にも美しさを見いだす。その死生観が、作品全体に静かに流れています。

花びら一枚にも、迷いがない
森田りえ子の代表的なモチーフの一つが、糸菊です。
細く長い花びらが何百枚も重なる糸菊は、それだけでも描くのが難しい花ですが、森田は花びらを一枚ずつ、下描きをせずに描き進めます。
完成した作品では、無数の花びらが乱れることなく重なり合い、それぞれ違う方向を向きながら、一輪の花として見事にまとまっています。
一見すると勢いよく描いているようですが、それができるのは、何度も写生を重ね、花の形を体で覚えているからです。
一本一本をなぞるのではなく、花が伸びていく勢いを、そのまま筆に乗せている。だからこそ、森田の花には写真にはない躍動感があります。

花だけではない、人物にも宿る存在感
森田りえ子は花の画家として知られていますが、人物画でも高く評価されています。
京都の舞妓や異国の女性を描いた作品では、衣装や髪飾りの美しさだけでなく、その人がまとっている空気まで丁寧に描いています。
初期には、「シルバーハート」のように深いしわを刻んだ老人や、「ティーンエイジ」のように揺れる心を抱えた少女など、人間そのものを見つめた作品も数多く発表しました。
年齢も国籍も異なる人物を描きながら、それぞれが持つ個性や存在感を描き分けているところにも、森田らしさがあります。

日本画の伝統を、今につなぐ
森田りえ子の作品は、美術館だけでなく、日本を代表する歴史的建造物にも採用されています。
東大寺では干支絵馬を、金閣寺では杉戸絵を手がけるなど、その画力は高く評価されています。
一方で、日本神話を題材にした女性像や、「KAWAII」という現代的なテーマにも挑戦しています。
古典的な日本画を受け継ぎながら、今を生きる人にも親しみやすい表現へと広げているところも、森田作品の魅力です。
2013年からは京都市立芸術大学の客員教授を務め、後進の育成にも力を注いでいます。

花を描きながら、生きる姿を描く
森田りえ子の作品が多くの人を惹きつけるのは、花を美しく描くだけの画家ではないからです。
咲く姿も、散る姿も、同じように見つめる。その積み重ねが、花にも人物にも、確かな存在感を与えています。
華やかな色彩の奥には、派手さだけではない静かな強さがあります。
作品を見終えたあとに心に残るのは、美しい花だけではありません。限られた時間の中で精いっぱい咲く姿の尊さまで、静かに伝わってきます。