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玉屋庄兵衛 タマヤ ショウベイ

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玉屋庄兵衛

享保18年(1733年)、現在の名古屋市中区錦1丁目から2丁目、伝馬橋東から伝馬通本町までの東照宮祭「林和靖車」の鶴からくりの修理と操作指導のために京都から名古屋を訪れ、翌年名古屋を再訪し、そのまま玉屋町(本町通の南、現在の中区錦3丁目)に移りすんだことから玉屋庄兵衛と呼ばれるようになった。この人物を初代とする。生没年不明。

●二代目:1800年代初頭の人物。文政二年(1819年)没とされる。
●三代目:文政頃の人物とされるが詳細不明。
●四代目:文政頃の人物とされるが詳細不明。
●五代目:幕末から明治にかけての人物で本姓は荒川。嘉永六年(1853年)頃から玉屋の名での作品が確認されている。明治21年(1888年)没。

●六代目:本名は高科正芳。旧尾張藩士の家系に生まれ、山車の前棚人形を多く手がけた。昭和5年(1930年)6月没。

●七代目:本名は高科正守(大正12年(1923年)- 昭和63年(1988年)5月18日)。 山車造りを営む家で生まれた父・岩次郎は大正12年に六代目と養子縁組したが、翌年七代目を継ぐことなく死去。昭和5年(1930年)、六代目の死去に伴い7歳で七代目を継いだ。全国のからくり人形を直接見て回るなど独学で知識を積み上げ、各地で死蔵されていたからくりの復元に尽したとされるが、その一方で元々と違う形で「修復」することがあり、からくりの研究家などからの評価は高くないとも言われる。

●八代目:本名は高科正夫(昭和25年(1950年)- 平成7年(1995年)8月23日)。 25歳の時に七代目に弟子入り。昭和63年(1988年)に八代目を継ぎ、伝統的なからくりを製作する一方でからくりの制御にコンピューターを導入するなど新しい挑戦も行った。平成7年3月には弟に玉屋庄兵衛の名を譲り、初代萬屋仁兵衛と称した。同年、癌により病没。

●九代目:本名は高科庄次(昭和29年(1954年)- )。 25歳で七代目に弟子入り。平成7年に兄・正夫から玉屋庄兵衛の名を継いだ。平成17年(2005年)に英国大英博物館に「茶運び人形」を寄贈。平成20年(2008年)現在、からくり製作に加えて犬山市の犬山市文化史料館の別館「からくり展示館」でのからくり細工の実演公開などの活動を毎週行なっている。2009年現在は、名古屋市北区の自宅兼工房にて各地の山車からくりの修復を行っている。各地に伝わる山車からくりの修復ばかりでなく、2000年代にはいって、半田山車まつりの乙川、西成岩に新作の山車からくりを製作、デザイナー山中俊治主催の「骨」展に、「弓曵き小早舟」を出展するなど創作からくりにも積極的に取り組んでいる。

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