旅情詩人・川瀬巴水の作品相場と買取価値 | ジョブズも愛した新版画の魅力

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はじめに

「旅情詩人」「昭和の広重」と称される版画家・川瀬巴水(かわせ はすい)。その名前からは、鮮やかな色彩で表現された日本の風景、特に雪景色や月夜の情緒豊かな光景が思い浮かぶのではないでしょうか。

川瀬巴水は大正から昭和にかけて活躍した新版画(※)の代表的な作家です。40年にわたり日本全国を旅し、600点以上の風景版画を残しました。その作品は、日本各地の風景を感情豊かに描き出し、版画作品とは思えないほどの写実性と鮮やかな色彩で表現したことが特徴です。

今回は、こうした川瀬巴水の生涯と作品の魅力をご紹介します。作品の相場や特徴についても解説しておりますので、川瀬巴水作品をお持ちの方、売却をご検討の方はぜひ最後までお読みください。

※新版画:明治末期から昭和初期にかけて制作された、浮世絵の伝統技術を継承しながら新しい表現を取り入れた木版画。版元・絵師・彫師・摺師の四者協業による。

吉田乃雪晴
吉田乃雪晴

川瀬巴水とは?

画家としての遅咲きの出発と新版画への道

川瀬巴水(本名・川瀬文治郎)は1883年5月18日、東京市芝区(現・港区新橋)に糸組物(※)職人の長男として生まれました。幼い頃から絵を好み、14歳頃には画家を志していましたが、長男として家業を継ぐことを期待され、一時は画家になる夢を諦めました。

しかし画家への思いを断ち切れなかった巴水は、家業が傾いた際に妹夫婦に商売を任せ、1908年、25歳の時に日本画家・鏑木清方(※)の門を叩きます。清方からは「日本画を始めるには年齢が遅すぎる」と難色を示されましたが、諦めきれず再度懇願して入門を許され、約2年の修行を経て「巴水」の画号を与えられました。

巴水が版画家としての道を歩み始めるきっかけとなったのは、1918年、同じ清方門下で15歳年下の伊東深水(※)の木版画「近江八景」との出会いでした。その作品に感銘を受けた巴水は、当時、新しい木版画の可能性を模索していた版元・渡邊庄三郎(※)に会い、故郷である栃木県塩原を描いた「塩原三部作」を出版します。この作品が好評を博したことで、渡邊は巴水に新版画の風景画を任せることになり、巴水の版画家としての人生が本格的に始まったのです。

※糸組物:糸を組み合わせて作る手芸品(組紐など)を作る職人のこと。
※鏑木清方:明治から昭和期にかけての浮世絵師、日本画家。美人画の巨匠として知られる。
※伊東深水:大正から昭和期の浮世絵師、日本画家。新版画の美人画で名高い。
※渡邊庄三郎:新版画運動を提唱した版元。絵師・彫師・摺師の協業による芸術性の高い版画制作を目指した。

日本各地を旅する風景版画家としての活動

「私に何が好きだと聞かれましたら即座に旅行!と答へます」と語るほど旅を愛した巴水は、デビュー後、精力的に日本各地を旅して回りました。その旅先で描いたスケッチをもとに1920年「旅みやげ第一集」(青森の十和田や千葉の房総、金沢などの風景16図)を発表し、続いて「東京十二題」「東京十二ヶ月」といった郷土・東京を描いた風景画シリーズも制作します。

しかし1923年の関東大震災で自宅が全焼し、貴重な188冊の写生帖を含む多くのスケッチを失うという大きな挫折を経験します。それでも巴水は渡邊庄三郎の支えもあり、震災の翌月から100日以上にも及ぶ生涯最長の写生旅行に出かけ、「旅みやげ第三集」など新たな作品を次々と生み出していきました。

巴水の作品は生前から国内よりもむしろ欧米で高い評価を得ており、葛飾北斎・歌川広重と並び、その頭文字から「風景画の3H(Hokusai, Hiroshige, Hasui)」とも呼ばれました。生涯で残した風景版画は600点以上に及び、「旅情詩人」「旅の版画家」という呼称にふさわしい、豊かな創作活動を展開したのです。

日光神橋の雪
日光神橋の雪

川瀬巴水の作品の魅力や特徴

四季と気象を描きこむ叙情的表現

川瀬巴水の作品の魅力の一つは、四季折々の表情と様々な気象条件を組み合わせた風景描写にあります。特に好んで描かれたモチーフには以下のようなものがあります。

  • 雪景色:巴水の代表作とされる「芝増上寺」をはじめ、雪に覆われた風景は巴水作品の大きな特徴です。雪の白さと建物の赤い色のコントラストが印象的な作品が多くあります。
  • 雨の情景:「相州前川の雨」などに見られる雨の表現は、薄暗がりの中に家々の灯りが滲むような独特の味わいがあります。
  • 月夜の風景:「荒川の月」「馬込の月」といった月を主題とした作品では、水面に映る月光や夜の闇と光のコントラストが見事に表現されています。

こうした自然現象を通じて、巴水は単なる風景の記録ではなく、その場の空気感や情緒までも表現しようとしました。そのため見る人の郷愁を誘う作品が多いのです。

技法的な特徴としては、一作品につき平均30色以上の色を使用した多色摺り(※)があります。これは葛飾北斎の「赤富士」の7色、歌川広重の最多33色と比較しても極めて豊かな色彩表現です。また、江戸時代の浮世絵の伝統技法を継承しながらも、2年間洋画を学んだ経験から、西洋画の遠近法や陰影表現を取り入れた独自の表現を確立しました。

こうした巴水の作品は、一見すると写真のようなリアルさがありながらも、木版画ならではの温かみと奥行きを感じさせます。それが国内外の多くの人々を魅了してきた理由と言えるでしょう。

※多色摺り:複数の版木を使って色を重ねていく木版画の技法。色数が多いほど微妙な色調表現が可能になる。

河原子の夜雨
河原子の夜雨

川瀬巴水の代表作とその世界観

川瀬巴水の作品は時代によって変化を見せながらも、日本の原風景を独自の感性で表現し続けました。特に以下の代表作は、巴水の芸術性を象徴する重要な作品です。

《芝増上寺》- 雪に映える朱色の美

「東京二十景」シリーズのうちの《芝増上寺》は川瀬巴水の代表作として広く知られています。関東大震災後に制作されたこの作品は、雪に覆われた増上寺の朱色の建物と、傘をさして歩む人物のシルエットが印象的です。巴水作品の中で最も多く売れた作品で、1953年には文部省文化財保護委員会による無形文化財技術保存記録の対象作品にも選ばれました。

芝増上寺
芝増上寺

《馬込の月》- 静謐な月夜の詩情

同じく「東京二十景」から生まれた《馬込の月》も人気の高い作品です。1930年に大田区馬込に新居を構えた巴水が、自宅近くの風景を描いたもので、月夜に浮かび上がる松のシルエットが静謐な美しさを湛えています。月光による陰影の表現が巧みで、夜の情景の美しさを見事に捉えています。

馬込の月:「東京二十景」より
馬込の月:「東京二十景」より

時代による作風の変遷

巴水の作風は時代によって変化を見せています。関東大震災以前の作品は輪郭が荒く、全体的にやや暗いトーンが特徴でしたが、震災後は色彩が明るくなり、より写実的かつ繊細な描写へと変化しました。また1939年の朝鮮旅行後には、マンネリから脱却し、より大胆な構図と鮮やかな色使いの「朝鮮八景」シリーズなどを生み出し、晩年まで創作意欲を保ち続けたのです。

このように巴水は生涯にわたって風景版画の可能性を追求し、日本各地の美しい風景を「旅みやげ第一集」「東京十二題」「日本風景集東日本編」といったシリーズを通して世に送り出しました。

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川瀬巴水作品の買取相場・実績

※買取相場価格は当社のこれまでの買取実績、および、市場相場を加味したご参考額です。実際の査定価格は作品の状態、相場等により変動いたします。

東海道日坂

東海道日坂
買取実績価格:10万円

日光街道

日光街道
買取実績価格:8万円

川瀬巴水の作品を高値で売却するポイント

来歴や付帯品・保証書

来歴や付帯品:購入先の証明や美術館に貸出、図録に掲載された作品等は鑑定書が付帯していなくても査定できる場合があります。
保証書:購入時に保証書が付帯する作品もあるので大切に保管しましょう。

贋作について

ここ数十年のインターネットや化学技術の向上により、著名作家の贋作が多数出回っています。

ネットオークションでは全くの素人を装い、親のコレクションや資産家所蔵品等の名目で出品し、ノークレームノーリターンの条件での出品が見受けられます。

落札者は知識がないがために落札後のトラブルの話をよく聞きます。お手持ちの作品について「真贋が気になる」「どの様に売却をすすめるのがよいか」等、お困りごとがあればご相談のみでも承っております。

版画

共通事項(状態を良好に保つ為の保管方法)

版画には有名画家が直接携わり監修した作品も多くあります。主に版画作品下部に作家直筆サインとエディション(何部発行した何番目の作品であるか)が記載されています。

主に紙に刷られており、湿気や乾燥に弱いです。また直射日光が長期間当たると色飛びの原因になります。掛ける場所・保管場所には十分注意しましょう。

木版画

板に彫刻し、絵を描いた後に凸部分に色を塗り、紙に写しとる技法です。

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川瀬巴水についての補足情報

スティーブ・ジョブズと川瀬巴水の関係

Steve_Jobs

出典:Wikipedia

アップル社の共同創業者スティーブ・ジョブズは、川瀬巴水の作品に強く惹かれた著名なコレクターの一人です。ジョブズが巴水作品と出会ったのは、まだ10代の頃。友人であるビル・フェルナンデス(後にアップル社の最初の正社員となる人物)の自宅で巴水の作品を初めて目にしたときでした。

その洗練された美しさに魅了されたジョブズは、アップル創業後も来日するたびに巴水作品を収集し続けました。彼のコレクションは新版画48点にもおよび、そのうち25点が巴水の作品だったと言われています。ジョブズの寝室には、アインシュタインとガンディーの肖像画と並んで巴水の風景版画が飾られており、亡くなる直前まで愛し続けた形跡があります。

巴水が大切にした静謐さと心の琴線に触れる風景表現は、ジョブズがアップル製品に求めた「シンプルさの中の豊かさ」という美学と共鳴するものがありました。ジョブズの美的感覚と製品デザインの哲学には、巴水から受けた影響が息づいているのかもしれません。

新版画の歴史的意義と同時代の作家たち

新版画は、明治時代に写真や石版画の台頭によって衰退しつつあった浮世絵版画の伝統を復興させるとともに、新たな芸術表現へと発展させた重要な芸術運動でした。版元・渡邊庄三郎が中心となり、絵師・彫師・摺師の連携による伝統技法の継承と革新的表現の創造を目指したのです。

この新版画運動において、川瀬巴水は風景画の第一人者として中心的役割を果たしました。彼の作品は国内外で高く評価され、新版画を代表する存在として広く認知されるようになります。

この時代には巴水以外にも、富士山シリーズで国際的名声を得た吉田博(1876-1950)、夜景や雪景色の表現に優れた土屋光逸(1870-1949)、美人画で新たな表現を切り拓いた小早川清(1897-1948)など、各分野で活躍した優れた新版画家たちがいました。こうした多様な作家たちの存在が、新版画の芸術的価値をさらに高めることになったのです。

文化財としての価値と現代における評価

1952年には、巴水は文部省文化財保護委員会による伝統的木版技術記録の保持者として選定。翌年に完成した特大判「増上寺の雪」は無形文化財技術保存記録として永久保存されることとなり、巴水の芸術的・文化的価値が公的に認められたのです。

近年では、川瀬巴水の芸術的価値を再評価する動きが活発になっています。各地の美術館で「旅と郷愁の風景」「誕生130年記念」といった特別展が開催され、時代を超えた人気を集めています。もしお手元に川瀬巴水の作品をお持ちの方は、その価値を正確に知るためにも、専門の鑑定士による査定を受けてみてはいかがでしょうか。

まとめ

「旅情詩人」と称された川瀬巴水。その作品は新版画の代表として、葛飾北斎・歌川広重と並ぶ「風景画の3H」として国際的にも高い評価を受けています。

30色以上の豊かな色彩で表現された日本の風景は、見る人の心に郷愁を呼び起こし、今なお多くのファンを魅了し続けています。

当社では、あなたの大切な作品の価値を最大限に引き出すべく、丁寧な査定と適切なアドバイスを提供いたします。川瀬巴水の作品の買取をご検討される際は、ぜひお問い合わせください。

また、LINEからの査定依頼も受け付けています。(スマホで写真を撮って送るだけ!)詳しくは【LINE査定ページ】をご覧ください。

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