2024.09.10
ノスタルジーな昭和の風景 谷内六郎
『週刊新潮』という雑誌は皆さんご存じかと思います。週刊誌と言えば表紙にびっしりと内容の説明が詰め込まれていて、中を見なくてもだいたい何が載っているのか理解できるものがほとんどですが、週刊新潮の表紙は雑誌名だけという非常にシンプルなデザインです。その分、表紙絵が存在感を放っていると言えるでしょう。今回ご紹介する谷内六郎は、長い間『週刊新潮』の表紙絵を描き続けてきた作家です。
懐かしい風景
谷内は1921年、東京に生まれました。小学校卒業後、新聞雑誌に漫画や挿絵を投稿し始め、1952年頃からは兄が経営する染色工房「らくだ工房」でろうけつ染めのハンカチや帯などの布製品を制作していました。1955年、第1回文藝春秋漫画賞を受賞し、その翌年の1956年、『週刊新潮』創刊と同時に表紙絵を担当することになります。当時の週刊誌の表紙を飾るのは、時の人や作家のアップの写真が多い中、絵画と言っても大御所作家の作品ではなく、まるで子供が描いたような谷内の絵を起用したことは新鮮でした。以降25年間にわたり亡くなる直前まで、子供たちの健やかな姿や、家族の団欒など、『日本人が忘れかけていた懐かしい風景』を描き続けていくことになります。
自己の心情を投影
常に子供の目線で物事を見ていた谷内の作品は、日常生活の中から湧き上がる、子供が空想しそうな場面が描かれています。ミシンを踏む音が汽車のリズムになって響き、緑の布地は広い畑となり、汽車は行けども行けども畑の平野を走る『ミシンの音』や、山村の農業試験場か観測所のような白い建物の風向計が、ときおり風を受けてカラカラとまわるのを「アイスクリームを山からすくっているように」感じた、『アイスクリームの風』のようにユーモアにあふれた作品もあれば、『風邪熱の晩』という、少し怖さを感じさせる作品もあります。布団で寝ている男の子の枕元に、姉らしき女の子が吸い飲みを持っています。しかし部屋のタンスや柱はぐにゃりと曲がり、女の子のリボンや時計の振り子が部屋を浮遊し、置物の猫の顔はぼんやりと二重になりどこか恐ろしいです。谷内は持病の喘息から闘病生活を余儀なくされ、その間は非常に陰鬱な日々を過ごしていたそうです。そんな心の中の風景を、見事に絵として表現しています。
現代のアーティストにも影響
ユニクロや楽天のロゴで有名なクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏も、谷内の作品に魅了された一人です。佐藤氏は自身が手掛けたCM(HONDAのステップワゴン)を例に挙げ、絵のテイストや題材は違いながらも、“心の中の大切な原風景”を消費者に感じてもらいたいと思い制作したと語っており、まぎれもなく谷内の作品から影響を受けていることを語っています。
多くの人に愛される谷内の作品は、横須賀美術館で観ることが出来ます。こちらには遺族から寄贈された、週刊新潮の表紙原画1300点を含む、膨大な資料と作品が収められています。東京湾を見渡せる美しいロケーションと共に、谷内の作品から受け取る懐かしい思いにひたり、心癒されるのもいいかもしれません。