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作家・作品紹介

佐伯祐三 描き続けたパリの壁(1898-1928)

このイケメンは佐伯祐三である。

雨の降る日に、東京新宿区下落合にある佐伯祐三アトリエ記念館に立ち寄ってきました。今回は佐伯祐三の記念館と彼の作品について紹介しようと思います。

佐伯祐三 描き続けたパリの壁(1898-1928)

佐伯祐三が日本で唯一創作を行ったアトリエ

“大阪出身”の“パリで活動”した画家のアトリエがここにあることにまず驚きました。

あの時代(昭和元年)のものとは思えないほど洋装かつお洒落な外観がそのまま残されており、敷地の説明板によると、この地は当時、多くの画家や文化人の活動拠点にもなっていたそうです。
そして、この記念館は1926年~1927年の2年間、佐伯が日本で創作に努めた唯一のアトリエでもあります。(一部抜粋)
※当時のこの場所には、かやぶき屋根の民家が多かったので、佐伯のアトリエは特に目立ったことでしょう。


佐伯祐三の作風と作品

佐伯祐三 描き続けたパリの壁(1898-1928)

パリ郊外の古い建物や風景などが多い佐伯の作風は、観るものを圧倒し、日本の洋画壇に大きな影響を与えました。
持病の肺結核と闘いながら、わずか30歳という若さで生涯を終えていることや、家族の死に直面したことが影響しているのか、恐怖や憂鬱をキャンバスにぶつけた感情溢れる筆致は言い換えれば日本的フォービズムを思わせます。

代表作は佐伯ファンにとって作品のそれぞれが代表作であり、“この作品こそが”は存在しないと思います。
たぶん、作品を観て、それぞれの作品に一目惚れをしてしまう方も少なくないからだと想像します。

ちなみに私自身は版画にもなっている「ガス灯と広告」(1927年国立近代美術館)が気に入っています。
佐伯の生涯に描かれた作品には、妻・米子に加筆されたものが多いと云われていますが、佐伯が命がけで描ききった数少ないひとつであるこの「ガス灯と広告」の激しさに私は目を奪われました。


佐伯祐三 描き続けたパリの壁(1898-1928)

佐伯祐三記念館の今

佐伯が26歳で芸術家憧れの地、パリの土を踏み、そして亡くなるまでわずか5年間。この5年間に佐伯祐三の画業が凝縮されています。
記念館内には原画の類は一切なく、飾られている物は作品の写真や経歴があるくらいですが、
この記念館では学芸員さん(ボランティアスタッフ)の優しく丁寧な説明を聴きながら拝観することができます。また、同じく洋画家の妻・佐伯米子の作品もあり、これもまた貴重だと感じました。

大阪新美術館にも作品を多くの作品が収蔵されているので、私も時間の許すタイミングで佐伯作品を観にいこうと思います。
これをお読みの皆さんも、自分の『佐伯祐三代表作』を是非探してみてくださいね。

この記念館は今でもたいへん静かな住宅街の中にあり、敷地内の小さな公園が癒しと憩いの場となっています。
ご興味があれば一度立ち寄って、のんびりした時間を過ごしてみてはいかがでしょうか?

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