2026.09.08
ゴルフ場の静けさを描く ジャック・デペルト
ジャック・デペルトの絵には、ゴルファーがほとんど登場しません。
描かれているのは、きれいに刈り込まれたグリーン、長く伸びるフェアウェイ、池や川、コースを囲む木々、そして遠くに見えるクラブハウス。そこに赤や青の小さな旗が立っています。
ゴルフ場を描いているのに、試合の緊張感やプレーの躍動感を描いているわけではありません。むしろ、人がいないからこそ、コースそのものの美しさがよく見えてきます。
世界各地の名門ゴルフコースを描き続けたフランス人画家、ジャック・デペルト。日本でも油彩やリトグラフが数多く紹介され、長く親しまれてきた画家です。

世界のゴルフ場を描く
デペルトの代表作として知られているのが、世界各地のゴルフ場を描いたシリーズです。
シャンタコ、ジュネーブ、オークヒル、ハーバータウン、ベルフリー、ミュアフィールドなど、実在するコースを題材にした作品が数多く残されています。
面白いのは、どのゴルフ場も同じようには描かれていないことです。
平らに広がるグリーンもあれば、木々の間をフェアウェイが抜けていくコースもある。池や川が大きく画面に入る作品もあれば、クラブハウスを中心に据えた作品もあります。
ゴルフをする人なら、コースにはそれぞれ違った顔があることを知っているでしょう。土地の起伏、木の種類、水辺の位置、光の入り方によって景色は大きく変わります。
デペルトは、そうした違いを一枚ずつ描き分けました。
そのため彼のゴルフ場作品は、単に「ゴルフを題材にした風景画」というより、世界各地のコースを訪ねて描いた風景の記録として見ることもできます。

なぜゴルフ場がこれほど絵になるのか
デペルトはゴルフ場だけを描いた画家ではありません。
雪景色、農村、川辺、公園、家並みなど、さまざまな風景を描いています。もともと、木々や建物が並ぶ静かな景色を得意とした画家でした。
その画風と、ゴルフ場はとても相性のよい題材だったのでしょう。
ゴルフコースには自然と人工物が一緒にあります。
芝生は人の手で短く刈られ、フェアウェイやグリーンも計画してつくられています。しかし、その周囲には大きな木が立ち、池があり、遠くには森が広がっている。
デペルトは、そうした景色を整った構図の中に収めています。
画面の手前から奥へ伸びるフェアウェイや水辺を使って視線を遠くへ導き、その両側に木々を置く。遠くに小さなクラブハウスや旗を描くことで、広いコースの距離感も伝わってきます。
とくに印象的なのが、人の少なさです。
ゴルファーでにぎわうコースではなく、プレーが始まる前の早朝や、人が引き上げた後のような静かなゴルフ場を描く。そのため、実際にその場所に立って誰もいないコースを眺めているような感覚があります。

黒い線がつくる、デペルトの風景
デペルトの作品を見ると、まず細かな線に気づきます。
木の枝、建物、芝生、水辺。細い線を重ねながら形をつくり、黒や濃い色を画面の要所に置いています。
色だけで明るく見せる風景画とは少し違います。
大きな木を濃い色で描き、その向こうに明るい芝生を広げる。手前を暗くすることで、奥のグリーンや空が明るく見える。そうした明暗の使い分けによって、平らな画面に距離が生まれます。
構図も整っています。
木、水辺、フェアウェイ、クラブハウスといった要素が画面の中で整理されているため、細かく描き込まれていても、ごちゃごちゃして見えません。
その中で、小さなフラッグがよく効いています。
広い緑の中に赤い旗が一本立っているだけで、そこがグリーンであることが分かる。同時に、小さな色が画面のアクセントにもなっています。
デペルトのゴルフ場作品では、こうした細かな配置が風景全体を支えています。

フランスから世界へ、そして日本へ
ジャック・デペルトは1936年、フランスのシュレーヌに生まれました。
1950年代にサン・テティエンヌやジュネーブで美術を学び、1961年頃からジュネーブ、パリ、カンヌ、ロンドン、シカゴなどへ活動の場を広げていきます。1965年にはフランス政府給費留学生としてイタリアにも滞在しました。
日本との関係も長く、1976年に初来日。その後も来日し、展覧会を開催しています。
1980年頃からはリトグラフの制作にも本格的に取り組むようになりました。
油彩の一点物だけでなく、ゴルフ場を描いた版画が数多く制作されたことで、日本でもデペルトの作品は広く知られるようになります。
現在でも日本の画廊では、シャンタコ、ジュネーブ、ハーバータウン、オークヒル、ベルフリーなどを描いた作品が扱われており、ゴルフ場はデペルトを象徴する題材として定着しています。
近年は版画作品が比較的手に取りやすい価格で流通する一方、ゴルフ場を描いた油彩画には現在も根強い人気があります。
2026年4月に国内で開催されたオークションでは、1986年作《川辺のグリーン》(P60号)が、60万~80万円の予想価格に対して150万円で落札されました。
大型で構図のよいゴルフ場作品が、現在の市場でも評価されていることが分かります。

ゴルフをする人だから見える風景
デペルトのゴルフ場作品は、ゴルフを知らなくても風景画として楽しめます。
けれど、ゴルフをする人が見ると、少し違った見え方をするのではないでしょうか。
遠くに見えるフラッグ、池の位置、フェアウェイの起伏、グリーンを囲む木々。絵の中に、自分がコースに立ったときの感覚を重ねることができます。
だからこそ、デペルトのゴルフ場作品は長く日本で親しまれてきたのでしょう。
プレーしている人を描かず、ゴルフ場そのものを描く。
そこには勝敗もスコアもありません。あるのは、整えられた芝生と木々、水辺、遠くのクラブハウス、そして一本の旗です。
デペルトが描いたのは、ゴルフという競技の場であると同時に、ゴルファーなら一度は立ち止まって眺めたくなる景色だったのだと思います。