2026.08.18
現実を描きながら、空想の中に生きた画家 朝井閑右衛門
朝井閑右衛門の絵は、一つの作風では説明できません。
人物や静物を細部まで描いた写実的な作品がある一方で、道化師、不動明王、電線、薔薇、ドン・キホーテなどが、不思議な空間に現れる作品もあります。現実にあるものを描いているのに、見ているうちに夢や物語の中へ入り込んだような感覚になる。そのつかみどころのなさが、朝井作品の魅力です。
絵の具を何度も塗り重ね、完成したはずの画面を塗りつぶし、そこからまた描き直す。一点に数年を費やすこともあったといいます。朝井にとって絵は、現実をそのまま写すものではなく、描きながら自分だけの世界へ作り替えていくものだったのでしょう。

画壇の寵児となった大作「丘の上」
朝井閑右衛門は1901年、大阪に生まれました。本名は浅井實。青年期については記録が少なく、詳しい足取りが分からない時期もありますが、1919年に上京し、本郷洋画研究所で絵を学びました。
1926年に二科展へ初入選し、画家として歩み始めます。大きな転機となったのは、1936年に発表した「丘の上」でした。
幅3メートルを超える画面には、楽器を奏でる男性や踊る女性、花の蔓が絡む神殿のような建物が描かれています。現実の風景というより、春の日の夢を大きな舞台にしたような作品です。
この作品は文部省美術展覧会で文部大臣賞を受賞し、朝井は一躍注目を集めました。人物を描く確かな力がありながら、現実にはない場面を堂々と組み立てる。「丘の上」には、のちの朝井につながる写実と幻想の両方が、すでに現れています。
戦時中には、政府の委嘱を受けて中村研一、小磯良平らと上海へ渡り、戦争に関わる絵画制作にも参加しました。その後も中国各地を訪ね、水墨画や風景画を描いています。戦後は既成の画壇と距離を取りながら、新樹会や国際形象展などを発表の場として制作を続けました。

絵の具を重ねて、時間まで描く
朝井の作品を特徴づけているのが、絵の具を厚く塗り重ねた画面です。
近くで見ると、絵の具が盛り上がり、削られ、その上に別の色が重ねられています。一度描いた形が完全には消えず、下の色や筆跡がわずかに残ることもあります。
そのため、朝井の絵には、最初から迷いなく完成させた作品とは違う重さがあります。何度描き直したのか、どれほど長く画面と向き合ったのか。その時間が、絵の具の層として残っているのです。
朝井は、完成した絵を塗りつぶすこともありました。昨日までよいと思っていた形を消し、もう一度描く。そうして現実の形を少しずつ崩しながら、画面の中にしか存在しない人物や空間をつくっていきました。
電線、薔薇、ガラス台鉢、道化師、不動明王など、同じ題材を何度も描いたのも、決まった答えを繰り返すためではありません。描くたびに形や色を変え、その題材から別の表情を引き出そうとしていたのでしょう。

ドン・キホーテに重ねた画家の姿
朝井は、セルバンテスの小説「ドン・キホーテ」を題材にした作品を数多く残しています。
主人公のアロンソ・キハーノは、騎士道物語を読みすぎ、自分を遍歴の騎士ドン・キホーテだと思い込んで旅に出ます。風車を巨人と見間違え、周囲から笑われても、自分が信じた世界を生き続ける人物です。
朝井が自分をドン・キホーテに重ねていたかどうかは分かりません。ただ、現実の常識よりも、自分の中にある世界を信じて描いた朝井の姿には、確かに通じるものがあります。
晩年に暮らした鎌倉のアトリエも、朝井の世界観をそのまま形にしたような場所でした。壺や人形など気に入った物を集め、大工や庭師をたびたび呼んでは、建物や庭に手を入れ続けたといいます。
絵を描く部屋も、庭も、そこに置く物も、自分が納得できる形にする。朝井にとって制作とは、キャンバスの中だけで行うものではなかったのでしょう。

生前には開かれなかった回顧展
朝井は画壇で高く評価され、晩年には作品の人気も高まりました。それでも、本格的な個展をほとんど開かず、生前には画集も刊行しませんでした。美術館から展覧会を依頼されても断ったと伝えられています。
作品を広く紹介することよりも、描くことそのものを優先したのかもしれません。自分の作品を一つの言葉や評価にまとめられることを嫌ったとも考えられます。
朝井が亡くなったのは1983年。初の本格的な回顧展は、その3年後の1986年、神奈川県立近代美術館で「独創傑出の画家 朝井閑右衛門の世界展」として開かれました。
「独創傑出の画家」という言葉は、親しかった詩人・草野心平が朝井の墓碑に記したものです。
写実から始まりながら、絵の具を重ねるうちに現実の形を越え、空想の人物や風景へたどり着く。朝井閑右衛門の作品には、簡単に説明できないものが残されています。
だからこそ、見るたびに違う印象を受けるのでしょう。現実を見て描いたのか、頭の中の世界を描いたのか。その境目が分からなくなるところに、朝井閑右衛門の絵の面白さがあります。