作家・作品紹介

破滅型画家の生涯 ─ 東京を描いた孤高の天才、長谷川利行

長谷川利行(はせかわ としゆき)を調べはじめると、「破滅型画家」という呼び名に出会います。定まった住まいも仕事もなく、浅草や山谷、新宿周辺の簡易宿泊所を転々とし、描いた絵はすぐに手放し、酒に消えていく。1940年、三河島の路上で行き倒れとなり、養育院に収容されたのち49歳で亡くなった――こうした最期だけを見ると、破滅的な悲劇の人生と結論づけたくなるかもしれません。

けれど利行の絵を前にすると、その印象は少し揺らぎます。悲哀よりも先に、色が生きている。線が走っている。街の湿度や人の気配が、じわっと立ち上がってくる。彼の絵は、暗さよりもむしろ生命力に満ちています。復興と熱気にあふれた昭和初期の街を、自由奔放な筆致と色彩で掴みとっていく。その鋭さが、いま改めて強く評価されているのです。


破滅型画家の生涯 ─ 東京を描いた孤高の天才、長谷川利行

家も定職も持たず描き続けた——放浪に近い生活のリアル

利行は1891年に京都(現在の京都市山科区)で生まれ、30歳の1921年に上京します。しばらくは大衆小説などを書いていた時期があるともされ、画家としての道は決して一直線ではありません。
絵の出発点ははっきりしませんが、独学で画を学び、アトリエを持たずに「思い立ったら描く」姿勢を生涯貫いた、と伝えられています。

生活は安定とはほど遠いものでした。浅草周辺の貧民街で絵を描くか、描いた絵で酒を飲むか。著名人のもとに押しかけて絵を描き、金を無心した――そんな話も残ります。
1928年、知人宅で皆が高価なジョニー・ウォーカーを飲んでいた席に現れ、しばらく黙って座っていたかと思うと、突然「私、これ静物に描くから。」と言い、そのボトルを抱えて外へ逃げ出した。あきれるようでいて、笑ってしまう。けれど一方で、この“縛られなさ”が、東京という都市の瞬間を切り取る感覚にもつながっていきます。


破滅型画家の生涯 ─ 東京を描いた孤高の天才、長谷川利行

東京の下町・盛り場・酒場——日常の喧噪を絵にする

利行が描いたのは、特別な事件ではなく東京の日常でした。下町、盛り場、酒場、駅、工場、カフェ。関東大震災から復興していく昭和初期の街の呼吸を、彼は掴みにいきます。
帝展や二科展で落選を重ねながらも、新光洋画会展で入選し、二科展では樗牛賞を受けるなど、徐々に評価を得ていきました。

絵は整っているというより、むしろ荒い。線は揺れ、色はぶつかり、形は崩れそうになる。でも、その崩れかけたところに、街のざわめきや温度が宿る。正確さではなく、場の空気が先に来る。だから見ている側は、いつのまにか当時の路地や酒場に立たされてしまいます。

また彼は、支持体(描く土台)にも頓着しなかったとされ、ガラス絵を多く手がけた時期があるなど、素材や技法の面でも型にはまりません。描きたい衝動が先に立ち、手元にあるものへ描く。その切実さが、利行の絵を「生活と地続きの表現」にしています。
そして例のボトルは、同年の二科展に出品した《頭蓋骨のある静物》に描き込まれている、とされています。


破滅型画家の生涯 ─ 東京を描いた孤高の天才、長谷川利行

生前に評価が固まりにくかった理由と、いま評価される背景

「生前に評価が固まらなかったのはなぜか」は、利行を語るうえで最も誤解が生まれやすい点です。受賞歴を見ても、「生前にまったく評価されなかった」わけではありません。少なくとも同時代のなかで、一定の評価に届いていたと考えられます。

ただし、その評価が画壇の中心として定着したかというと別問題です。無頼な生活ぶりに加え、経歴の不明点の多さ、そして贋作の多さが、評価の進展を遅らせた要因の一つだったようです。

さらに決定的なのが、晩年と死です。利行は1936年頃に事故で重傷を負い、以降は体力を落としていきます。1940年5月に路上で倒れて養育院に収容され、胃癌の治療を拒否して10月12日に死去。所持品は規則により焼却された、と記録されています。
この“消えていく”ような最期は、作品の散逸や情報の欠落を招き、体系的な評価の土台を弱くしました。

つまり、「生前にまったく評価されなかった」というより、評価が社会的に固まる前に、生活も体も先に崩れてしまった――そう言ったほうが近いのかもしれません。

しかし今、長谷川利行は再評価が進んでいます。作品研究と展覧会を通じて全体像が再構築され、近年は再発見された大作を含む回顧展が開かれたことで、関心が高まった経緯も伝えられています。
また、美術館の所蔵・修復・科学分析などを通じて、作品の来歴や実物としての価値が“見える形”になってきたことも大きいでしょう。

利行の評価は、「伝説の放浪画家だから」上がったのではありません。作品が再び見つかり、検証され、鑑賞される場が整ったことで、絵そのものを評価する土台が、ようやく揃ってきたということです。

そして何より、利行が描いたのは特別な事件ではなく東京の日常でした。街の明るさも、疲れも、やけっぱちも、浮かれた夜も――全部ひっくるめて、東京という生き物を描いた。
だからこそ作品は古びず、現代の感覚にも、まっすぐ刺さってくるのだと思います。

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