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藤島武二 フジシマ タケジ

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藤島武二

鹿児島市の薩摩藩士の家に生まれた。はじめ四条派の画家や川端玉章に日本画を学ぶが、のち24歳の時洋画に転向(日本画の作品は殆ど現存しない)。1896年(明治29年)、1歳年上の黒田清輝の推薦で東京美術学校(現・東京藝術大学)助教授に推され以後、没するまでの半世紀近くに渡り同校で後進の指導にあたった。1905年(明治38年)、文部省から4年間の留学を命じられ渡欧、フランス、イタリアで学ぶ。帰国後、教授に就任。

黒田が主宰する白馬会にも参加。白馬会展には1896年(明治29年)の第1回展から出品を続け、1911年(明治44年)の白馬会解散後も文展や帝展の重鎮として活躍した。1901年(明治34年)2月ごろから6年間担当した与謝野鉄幹・晶子が刊行した雑誌「明星」や、晶子の歌集『みだれ髪』の表紙では流行のアール・ヌーヴォーを取り入れている。ほかにも装丁本がある。

晩年は宮内庁からの2つの依嘱、昭和天皇即位を祝い学問所を飾る油彩画制作と、宮中花蔭亭を飾る壁面添付作品の制作が切っ掛けで風景画の連作に挑んだ。1937年(昭和12年)、最初の文化勲章受章者の一人となる。1943年脳溢血のため永眠。享年75。

「池畔納涼」(1897年(明治30年) 東京芸術大学大学美術館所蔵
「天平の面影」(1902年(明治35年) 石橋美術館所蔵(重要文化財)
「蝶」(1904年(明治37年)) 個人蔵
「黒扇(1908-09年(明治41-42年) ブリヂストン美術館所蔵(重要文化財)
「婦人半裸像」(1926年(大正15年)
「大王岬に打ち寄せる怒濤」(1932年(昭和7年)。三重県立美術館・ひろしま美術館所蔵)
「旭日照六合」(1937年(昭和12年)) 三の丸尚蔵館所蔵

1867 薩摩藩藤島賢方、たけ子の三男として生まれる
1882 四条派の日本画家平山東岳に学ぶ
1885 上京し、川端玉章に入門し、玉堂と号する
1890 洋画に転向し、曽山幸彦、中丸精十郎、松岡寿に指導を請う
1891 明治美術会に入会
1893 三重県尋常中学校助教諭となり、津に赴任
1910 東京美術学校教授となる
1912 岡田三郎助とともに本郷洋画研究所を設立
1913 川端絵画研究所の洋画部新設に伴い、その指導を行う
1937 岡田三郎助、横山大観、竹内栖鳳とともに第1回文化勲章受章者となる
1939 東京美術学校油画科主任となる
1943 3月19日、脳溢血のため本郷の自宅にて死去。75才

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