はじめに
「足で描く画家」として知られる現代美術家・白髪一雄(しらが かずお)。その名を聞くと、天井からロープにつかまり、床に広げたキャンバスに足で描くという独創的な「フット・ペインティング」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
白髪一雄は、戦後の日本美術界で革新的な動きを主導した「具体美術協会」の中心人物として活躍し、身体全体を使った力強い表現で国内外に衝撃を与えました。特に近年では、2025年のクリスティーズ(上海)で100号の作品が2億3364万円(落札者購入手数料含む)という高額で落札されるなど、国際美術市場での評価も高まっています。
今回は、そんな白髪一雄の生涯と作品の魅力をご紹介します。作品の価値や特徴についても解説していますので、白髪一雄作品をお持ちの方、売却をご検討の方はぜひ最後までお読みください。
白髪一雄とは?
兵庫県尼崎市から世界へ羽ばたいた芸術家の生涯
白髪一雄は大正13年(1924年)に兵庫県尼崎市西本町で誕生しました。絹織物商を家業とする父は余暇に絵を楽しんでいたことから、白髪も幼い頃から絵に親しんでいました。
兵庫県立尼崎中学校の絵画部で活動していた白髪は、この時期に芸術家としての道を志すようになります。昭和17年(1942年)に京都の市立絵画専門学校(後の京都市立芸術大学)日本画科に入学しましたが、卒業後の1948年には油絵に転向。
大阪市立美術館が運営する美術研究所で技術を磨きながら、芸術家としての道を歩み始めました。当初は風景画や人物画など比較的オーソドックスな作品を手がけていましたが、やがて既存の絵画の枠を超えた独自の表現を模索するようになります。
0会から具体美術協会へ
1952年、白髪一雄は「芸術はなにも無い0の地点から出発して創造すべきだ」という理念のもと、金山明、村上三郎、田中敦子らと「0会」を結成します。同じ時期、白髪は吉原治良(よしはらじろう)らが結成した「現代美術懇談会」にも参加しました。
1955年、白髪は0会の仲間とともに吉原が主宰する「具体美術協会(※)」に参加します。このグループでは従来の美術の枠にとらわれない自由な表現が追求され、白髪はその中心メンバーとして活躍。身体性を伴うパフォーマンス・アートの先駆者として注目を集めました。
フランスの美術評論家ミシェル・タピエが来日した1957年には、白髪の作品が高く評価され、欧米での展示活動も活発になります。特に「水滸伝」に登場する豪傑のあだ名をタイトルにした作品群は、国際的にも強い印象を残しました。
※具体美術協会:1954年に吉原治良を中心に結成された前衛美術グループ。「具体」という名前には「抽象的なものではなく具体的なもの」という意味が込められている。海外では「GUTAI」として知られる。

精神性への傾倒と晩年
白髪一雄の人生において大きな転機となったのは、1971年の比叡山延暦寺での得度(出家)でした。密教への関心が高まっていた白髪は、天台宗の僧侶となり「白髪素道」という法名を授かります。
翌1972年には、リーダーである吉原治良の逝去を契機に具体美術協会は活動を終えました。この頃から白髪の作品には密教的な精神性が色濃く表れるようになり、制作スタイルも素足で描く「フット・ペインティング」から、スキージという長いヘラを用いて描くスタイルへと変化しました。
1974年に35日間の仏道修行「四度加行(しどけぎょう)」を満行した後は、長いヘラを使って円を主題とした複数の作品を生み出しましたが、後に再びフット・ペインティングに回帰します。晩年も精力的に創作活動を続けた白髪は、2008年4月8日、敗血症のため83歳で逝去するまで、独自の芸術世界を追求し続けました。

白髪一雄の作品の魅力や特徴
唯一無二のフット・ペインティング技法
白髪一雄の作品の最大の特徴は、他に類を見ない独特な制作方法にあります。1954年に白髪が生み出した「フット・ペインティング」は、天井から吊るしたロープにつかまり、床に広げたキャンバスの上を素足で動き回りながら絵を描くという革新的な手法でした。
この技法の着想は、白髪がアメリカの抽象表現主義者であるジャクソン・ポロックの作品に触れたことに端を発します。ポロックは床に置いたキャンバスに絵の具を垂らすドリッピング技法で知られていましたが、白髪はそれを発展させ、足を「絵筆」として用いる前例のない表現方法を編み出したのです。
フット・ペインティングによって生み出される作品には、以下のような特徴があります:
- 身体の動きがそのまま痕跡として残る生々しさと力強さ
- 絵の具の厚みや流れが生み出す独特の質感
- 偶然性と計画性が融合した有機的な表現
- 絵を描く行為そのものがパフォーマンスとなる身体性
このような特徴から、白髪の作品はただ視覚的に鑑賞するだけでなく、制作過程の身体的エネルギーをも感じ取ることができる点が大きな魅力となっています。

代表作品に見る白髪一雄の世界
白髪一雄の代表的な作品群として特に知られているのが、1950年代後半から手がけた「水滸伝シリーズ」です。中国の古典小説『水滸伝』に登場する豪傑たちの異名をタイトルに冠したこのシリーズは、勇壮で力強い印象が特徴です。
代表作品「高尾」(1959年)は、力強い筆致と赤と黒を基調とした大胆な構図が印象的な作品で、2018年にパリのサザビーズオークションで約11億3000万円という高額で落札されました。
また、「臙脂」は赤色の濃淡が織りなす情感豊かな作品で、スターバックスの創業者であるハワード・シュルツがオフィスに飾っていたことでも知られています。
「激動する赤」(1969年)は大阪万博に出品され、2014年の競売会において5億4千万円余りの金額で買い取られました。
白髪一雄は油彩画のほかにシルクスクリーン版画も手がけています。油彩作品がダイナミックなフット・ペインティングによる一点ものであるのに対し、シルクスクリーン版画は複数制作される特性上、比較的入手しやすい価格帯で取引されています。

白髪一雄作品の買取相場・実績
※買取相場価格は当社のこれまでの買取実績、および、市場相場を加味したご参考額です。実際の査定価格は作品の状態、相場等により変動いたします。
布

燕「中国戦國七強」より

白髪一雄の作品を高値で売却するポイント
白髪一雄の鑑定機関・鑑定人
- 日本洋画商協同組合鑑定登録委員会日本洋画商協同組合は、日本全国の41画廊が加盟している美術商の団体。作家ごとに個々の鑑定登録専門委員を定め、遺族、その作家を主に扱った画商、作家によっては、評論家、研究者も含めて構成されている鑑定機関。
来歴や付帯品・保証書
来歴や付帯品:購入先の証明や美術館に貸出、図録に掲載された作品等は鑑定書が付帯していなくても査定できる場合があります。
保証書:購入時に保証書が付帯する作品もあるので大切に保管しましょう。
贋作について
ここ数十年のインターネットや化学技術の向上により、著名作家の贋作が多数出回っています。
ネットオークションでは全くの素人を装い、親のコレクションや資産家所蔵品等の名目で出品し、ノークレームノーリターンの条件での出品が見受けられます。
落札者は知識がないがために落札後のトラブルの話をよく聞きます。お手持ちの作品について「真贋が気になる」「どの様に売却をすすめるのがよいか」等、お困りごとがあればご相談のみでも承っております。
掛軸
状態を良好に保つ為の保管方法
掛軸は主に紙や絹に岩絵具で描かれており、湿気やカビにとても弱いです。また直射日光などは酸化の原因になり、劣化します。直射日光を避け、涼しい場所に飾りましょう。また箱にしまったままも湿気やすい為、最低でも年に2回は風を通すようにしましょう。
共箱(ともばこ)
掛軸を収納する箱の事で、蓋の表に表題(作品タイトル)、蓋の内側に作家のサインが作家自身の直筆で記載されてあります。共箱は掛軸の証明書の役割をしており、無い場合は査定額に響いてきます。
書付、識箱・極箱
共箱の分類に書付(かきつけ)と識箱(しきばこ)・極箱(きわめばこ)があります。
書付とは茶道具を中心に各家元が優れた作品に対して銘や家元名を共箱に記します。
識箱・極箱は、作者没後、真贋を証明する為、鑑定の有識者や親族が間違いがないと認定した物に共箱の面や裏に記します。
水彩・デッサン
状態良好、保管方法
主に紙に描かれていることの多い水彩やデッサンは、モチーフに対して紙の余白がある反面、しみや日焼けが目立つ事があります。
油彩画(額)
状態を良好に保つ為の保管方法
油絵は主に布を張ったキャンバスと言われるものに描かれています。他にも板に直接描かれた作品もあります。油絵の具は乾燥に弱く、色によってはヒビ割れ目立つ作品が見受けられます。また、湿気によりカビなどが付着しやすく、カビが根深い場合は修復困難となってしまいます。高温多湿を避け、涼しい場所に飾りましょう。また箱にしまったままも湿気やすい為、最低でも年に2回は風を通すようにしましょう。
修復方法
油彩画修復の専門店にお願いすることが1番です。下手に自身で手を入れると、返って悪化するケースもあります。
版画
共通事項(状態を良好に保つ為の保管方法)
版画には有名画家が直接携わり監修した作品も多くあります。主に版画作品下部に作家直筆サインとエディション(何部発行した何番目の作品であるか)が記載されています。主に紙に刷られており、湿気や乾燥に弱いです。また直射日光が長期間当たると色飛びの原因になります。掛ける場所・保管場所には十分注意しましょう。
リトグラフ
石版画とも言われ、ヨーロッパの歴史では古くから用いられてきました。日本でも昭和から活発に使用され、各地にリトグラフ専門の工房が存在します。
シルクスクリーン
枠にメッシュ素材(シルクやナイロン)の布を張り、油性描画剤で直接絵を描いたり、マスキングをし絵の具の通る部分通らない部分を作った版を紙に乗せ写しとる技法です。絵画以外にも写真や被服等にも応用されています。
白髪一雄についての補足情報
白髪一雄記念室の見どころ
白髪一雄記念室は、白髪の生誕地である兵庫県尼崎市に2013年に開設されました。尼崎市総合文化センター内に設けられたこの記念室では、尼崎市のコレクションとなっている白髪一雄の作品およそ120点に加え、遺族から寄贈・寄託された約4,000点に及ぶ作品や資料を収蔵しています。
年に2回の展示替えを行う記念室では、フット・ペインティングによる抽象作品だけでなく、初期の風景画も鑑賞できるため、白髪一雄の芸術家としての成長過程を多角的に学ぶことができます。白髪一雄の作品に興味を持たれた方は、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
世界的な評価と国際オークションでの実績
2000年代に入り、白髪一雄をはじめとする具体美術協会の作家たちの評価が海外の美術館やアートマーケットで急速に高まってきました。特に近年、国際的なオークションでは白髪一雄の作品が次々と高額で落札され、世界的な注目を集めています。
近年のオークション落札額(落札者購入手数料含む)は以下の通りです。
- 2025年
- 30号: 1億4,648万円 (サザビーズ、ニューヨーク)
- 3号: 668万円 (Jo’s Auction)
- 60号: 1億6,812万円 (クリスティーズ、パリ)
- 120号: 7,419万円 (クリスティーズ、パリ)
- 100号: 2億3,364万円 (サザビーズ、上海)
- 120号: 1億5,879万円 (クリスティーズ、香港)
過去の高額落札作品
過去に高値で取引された作品としては、以下のものが挙げられます。
- 「地劣星 活閃婆」 (1961年):
- 2013年、パリのクリスティーズオークションで2億1,650万円で落札
- 「激動する赤」 (1969年):
- 2014年、パリのサザビーズオークションで5億4,590万円で落札
- 「高尾」 (1959年):
- 2018年6月、パリのサザビーズオークションで約11億3,000万円で落札
これらの高額落札は、白髪一雄の芸術的価値が国際的に認められた証といえるでしょう。特に「高尾」の落札額は、当時の日本人作家としては最高額を記録し、大きな話題となりました。
また、世界的なコーヒーチェーン「スターバックス」の創業者であるハワード・シュルツが自身のオフィスに白髪一雄の「臙脂」を飾っていたことも、国際的な評価を物語るエピソードとして知られています。
白髪一雄現代美術賞について
「白髪一雄現代美術賞」は、兵庫県尼崎市が2021年から主催する美術賞です。白髪一雄の功績を讃え、40歳以下の若手アーティストの育成・支援を目的として創設されました。受賞者には尼崎市が運営する「あまらぶアートラボ」での年間を通じた作品展示の機会が与えられます。
2023年度からは尼崎市の事業として本格的に始動し、白髪の生誕100年となる2024年に向けても、さまざまな記念事業と連動して展開されています。もしお手元に白髪一雄の作品をお持ちの方は、その価値を正確に知るためにも、専門の鑑定士による査定を受けてみてはいかがでしょうか。
まとめ
独自の「フット・ペインティング」技法で革新的な表現を追求した白髪一雄。その作品は身体性と精神性が融合した強烈な生命力を放ち、戦後日本美術の重要な遺産として国内外で高く評価されています。
具体美術協会の中心メンバーとして活躍した白髪の作品は、オークションでの高額落札が相次ぐなど、国際的な美術市場での評価も年々高まっています。特に1950年代から70年代にかけての大型作品は、その希少性から高い価値を持つものが多いといえるでしょう。
当社では、あなたの大切な作品の価値を最大限に引き出すべく、丁寧な査定と適切なアドバイスを提供いたします。白髪一雄の作品の買取をご検討される際は、ぜひお問い合わせください。
また、LINEからの査定依頼も受け付けています。(スマホで写真を撮って送るだけ!)詳しくは【LINE査定ページ】をご覧ください。