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作家・作品紹介

山と家族を愛した版画家 畦地梅太郎

石槌山

登山を趣味にされている方も多いと思いますが、私も数年前に勢いで富士山登頂したことをきっかけに、夏山限定ですがゆるゆると山登りを続けています。以前、富士見台でご一緒した方に美術関係の仕事をしていると話したところ、「『岳人』の表紙の作家さんはご存じですか?」と聞かれました。登山専門誌を読むほどの山女ではないので最初はわからなかったのですが、途中寄った山小屋の暖簾のデザインを見てその方が「この人です!」と言ったのです。特徴ある人物のデザインは間違いようもなく、山と家族を愛した版画家、畦地梅太郎の山男でした。


給油所

油彩画家から版画作家へ

畦地梅太郎は愛媛県北宇和郡二名村(現・宇和島市三間町)で産まれました。元々は油彩画家を目指していましたが、上京し26歳の時内閣印刷局で働き始めると、そこで鉛印刷に触れたことをきっかけに、本格的に版画制作へと乗り出します。師である平塚運一や、同世代の棟方志功たちとの親交を重ね、畦地梅太郎は昭和を代表する版画作家の一人となりました。

制作を始めた1930年代は、畦地梅太郎は東京の街並みなど身近な風景を描いていました。しかし戦争の影響で、街でのスケッチが思うようにいかないなどの弊害もあり、1937年に浅間山に魅せられて以降は、制作対象は次第に山へと移っていきました。特に故郷である愛媛県の霊山石槌山は、歳を取り山に登れなくなっても、いつまでも心の中に残った大切な風景として描き続けられました。


家族

山と家族への愛

畦地梅太郎の代表的モチーフとなる山男は、戦後に誕生しました。この山男には明確なモデルはおらず、彼の心の中の想像上の人物だそうです。山男の表情は時にやさしく、時に厳しく、そこからは家族へのぬくもりや自然への畏怖が感じられます。

『家族』と名付けられた作品は、畦地梅太郎に孫ができたときのものだと言われています。甘えるように手を伸ばす子供を、優しく微笑み抱きしめる男の表情が印象的です。また、畦地梅太郎は山には一人で登ることが多かったそうで、作品によく登場する山男と雷鳥の構図は、孤独の中でふいに現れる山の生き物と出会う喜びを描いたものと言われています。


鳥とともに

デフォルメされた人間や動物たちは、シンプルながらもどこか懐かしい気持ちにさせてくれます。山開きまでまだまだ時間がありますので、畦地梅太郎の作品を見て心癒されるのもいいのではないでしょうか。


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