作家・作品紹介

水辺の古城に魅せられた男 西村龍介の静かな風景

西村龍介の作品には、音が少ない。描かれているのは、ヨーロッパの古城や聖堂、湖畔の風景です。城は水辺に静かに立ち、森は奥へ広がり、水面には建物や空の光が淡く映り込んでいます。
とくに印象に残るのは、水に映る古城の姿です。建物の輪郭はしっかり描かれているのに、画面全体はやわらかい。水面に映った像が少し揺らぐことで、実際の風景というより、昔どこかで見た記憶のようにも感じられます。ヨーロッパの風景を描いていながら、どこか日本画のような静けさがある。そこに、西村龍介の作品ならではの魅力があります。
慌ただしい毎日の中で西村の絵を見ると、自然と立ち止まって細部を追いたくなります。城壁の色、水面の反射、木々の重なりを眺めているうちに、画面の中の時間に引き込まれていく。西村が描いたのは、単なる古城の姿ではなく、ゆっくり眺めるための風景だったのだと思います。

水辺の古城に魅せられた男 西村龍介の静かな風景

日本画から油彩へ

西村龍介は1920年、山口県に生まれました。16歳で上京し、日本美術学校日本画科に入学。太田聴雨、川崎小虎、矢沢弦月らに日本画を学び、デッサンは洋画家の林武に学んでいます。
1941年、学校を卒業すると同時に出征し、1945年には特攻隊員として沖縄戦へ向かう途中で終戦を迎えました。戦後は山口に戻り、瑠璃光寺の一室を画室兼住まいとして日本画を描き始めます。
その後、京都で学び、上京して画家としての道を探る中で、制作の準備に時間がかかる日本画から油彩画へ転向しました。ただし、西村の作品から日本画の感覚が消えたわけではありません。油彩という西洋の技法を使いながらも、日本画で培った余白の取り方や、画面全体を静かにまとめる感覚は残っていきました。
西村の絵が、洋画でありながらどこか日本的に感じられるのは、この出発点があるからでしょう。


水辺の古城に魅せられた男 西村龍介の静かな風景

ヨーロッパで出会った古城

西村にとって大きな転機となったのが、1964年の渡欧です。フランス、スペイン、イタリア、ベルギーを旅し、そこで古城、聖堂、ヴェネツィアの風景と出会いました。この旅で見た風景が、その後の西村の主要なモチーフになっていきます。
古城は、ただ古い建物というだけではありません。長い歴史を背負い、人が去った後も水辺や森の中に残り続ける存在です。西村は、その歴史を説明するのではなく、城がそこに立っている様子そのものを丁寧に描きました。
水辺に建つ城を描くとき、西村は建物だけを目立たせません。水面の反射、空の明るさ、森の緑、空気の湿り気まで含めて、一つの風景としてまとめます。だから西村の古城は、観光名所の記録ではなく、静かな時間をまとった場所のように見えるのです。


水辺の古城に魅せられた男 西村龍介の静かな風景

点描で描かれる静かな時間

西村龍介の描き方で特徴的なのが、細かな点描です。点描とは、絵の具を細かい点のように置き、その集まりで色や形を作っていく描き方です。19世紀末のフランスでは、ジョルジュ・スーラらが、色を鑑賞者の目の中で混ぜるように考えて点描を用いました。
ただし、西村の点描は、スーラのように色彩理論を強く見せるものとは少し違います。西村の場合、細かな点は、光を鮮やかに輝かせるためというより、風景をやわらかく整えるために使われているように見えます。
点を重ねることで、城壁の石の質感、水面のゆらぎ、森の奥行きが少しずつ生まれていく。輪郭を強く引きすぎず、画面全体を淡い色調でまとめることで、実在する風景でありながら、どこか記憶の中の景色のようにも見えてきます。
西村の面白さは、西洋由来の油彩と点描を使いながら、仕上がった画面に日本画のような落ち着きがあるところです。建物や遠近感には西洋絵画の奥行きがあり、余白や色調には日本的な静けさがある。その二つが無理なく一つの風景の中に収まっています。


水辺の古城に魅せられた男 西村龍介の静かな風景

森と城と水の詩情

西村は二科展を中心に発表を続け、古城や聖堂を描いた作品で評価を高めていきました。1968年には二科展に「古城」「館」を出品して青児賞を受賞し、1971年には「古城幻影」「城」で内閣総理大臣賞を受賞しています。さらに1980年代には、「森と城と水の詩情の世界」と題した展覧会も開かれました。
この「森と城と水」という言葉は、西村の絵をよく表しています。森は画面に奥行きをつくり、城は時間の重みを感じさせ、水は光や建物の影を映します。この三つがそろうことで、西村の風景には、ただ美しいだけではない落ち着きが生まれます。
西村龍介の作品を前にすると、強い驚きよりも、あとからゆっくり残るものがあります。水辺に立つ城、淡い光、揺れる反射。遠いヨーロッパの風景を描いているのに、どこか懐かしく感じられるのは、画面の中に静かに立ち止まれる場所があるからかもしれません。
風景を眺めることは、心を落ち着かせることでもあります。西村龍介の古城は、そのことを静かに思い出させてくれる作品です。

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