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作家・作品紹介

鍋島焼と今泉今右衛門

萩焼の三輪休雪、備前焼の金重陶陽、九谷焼の徳田八十吉、民芸陶器(縄文象嵌)の島岡達三、など、陶芸の分野においてはその業績がみとめられ数多くの陶芸家が人間国宝(重要無形文化財保持者)に選ばれています。
今回はその中でも日本の代表的な磁器生産地として知られる佐賀県の鍋島焼をご紹介いたします。

鍋島焼と今泉今右衛門

鍋島焼

佐賀県西部に位置する大川内山。緑豊かな山々に囲まれ水が澄み、山の麓には現在もおよそ30軒程の窯元があります。鍋島焼とは江戸時代、佐賀藩(鍋島家)の御用窯であり、将軍や徳川家の献上品として焼かれた焼物です。全国でも類をみないほど藩の管理の下厳しい統制下に置かれ、不良品を世に出さないことを方針とし技術漏洩を防ぐため関所を置き、三方を険しい山で囲われた大川内という場所ではじまりました。


鍋島焼と今泉今右衛門

鍋島焼の特徴

鍋島藩の管理の下、高度の技術を持つ陶工達だけを集め、深い質を常に高く保ち制作された鍋島焼は現在でも国内で色絵磁器の最高傑作と言われています。藩は鍋島焼を管理するためにいくつかのルールを設けました。そのルールは今日の鍋島焼を鑑賞するポイントになります。おおまかなルールをいくつか紹介します。

規格化されたサイズ

皿は1尺(約30cm)、7寸(約21cm)、5寸(約15cm)、3寸(約9cm)の4種類と向付と決まりがあります。現在の私たちの食卓に並ぶ何気なく使うお皿もこれがルーツと言われています。使いやすいように考えられたサイズの起源は鍋島焼にあったんですね。

木盃形と呼ばれ側面からみると高台が高く作られています。

使用される主な釉薬

①染付のみ
②染付けベースに赤黄緑の3色を上絵付したもの
③青磁釉のみ 等

デザイン

①幾何学文様(更紗文や雪輪文)
②身近にある物を図案化(植物・野菜・器物など)
③山水画等の絵画的なもの 等
・高台部分には主に“櫛高台”と呼ばれる絵付けが施されています。

技術・技法

鍋島焼が最高傑作と言われる理由でありどこの窯も真似ができない、現在でも再現が難しく当時どのように描いていたかまだ解き明かされていない技術・技法です。
①絵を描く染付の輪郭が始点から終点まで同じ太さで描かれ、筆跡を残さない事。
②濃みと言われる染付で面を塗る作業で筆むらがあってはならない事。
③墨はじき…墨で文様を描き、その上を染付で塗る。墨に入っている膠分が撥水剤の役目をし、墨で描いた部分が染付の絵具をはじきます。 等


鍋島焼と今泉今右衛門

伝承と伝統

日本古来の物や陶磁器等に興味を持って見ていると、「伝承」や「伝統」と言うワードを目にすることがあります。伝承とは時代が変化しても技術を正確に確実に次世代に伝える事です。伝統とは時代に合わせて技術を守りながらも変化していく事です。どの分野にも言えますが工芸に携わる作家や窯元・技術者等の多くはこのどちらかに分類されます。


鍋島焼と今泉今右衛門

伝統を守る色絵磁器の人間国宝 十四代今泉今右衛門

廃藩置県により1871年鍋島焼は幕を下ろしましたが、赤絵町の今泉今右衛門家によって復興・継承されました。元々、江戸時代の頃の鍋島焼は工程によりそれぞれに職人がいました。主に図案師、轆轤師、絵付師(色ごとにも職人がいます)等です。今右衛門の先祖は赤絵師です。1873年頃、十代今右衛門は自ら登り窯を築き、成形、下絵付け、本焼きから上絵付けまで自家工房での一貫生産体制を確立しました。
そして現在の十四代今右衛門は2014年に最年少51歳で人間国宝(無形文化財保持者)に認定されました。上記にも述べた鍋島焼のルールを守りながらも、プラチナ彩や背景に使われることが多かった墨はじきを前面に表現するなど、オリジナル性やデザインの緻密さや技術が評価されました。マンネリズムに陥りやすい磁器の世界で独創的な新しい表現ができ、かつ観る者の感動を与え次世代に継承し進化する様に鍋島焼の未来に可能性を感じます。このように視点を変えて時代背景や文様・ルールを理解した上で焼物を鑑賞すると楽しいですよ。

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