2026.06.09
九谷焼・赤絵細描 師と弟子の二つの表現──福島武山と見附正康
九谷焼には、色絵の華やかさから釉薬の深い発色まで、いくつもの様式があります。人間国宝の徳田八十吉の彩釉、吉田美統の釉裏金彩、中田一於の釉裏銀彩など、それぞれが独自の美を築き上げてきました。
その中でも赤絵細描は、いちばん「近づいて見たくなる技法」なのかもしれません。赤い絵の具だけで、髪の毛のような細い線を幾重にも重ね、器の表面を文様で満たしていく。遠目には静かで整っているのに、近づくほど細密さが分かり、気づけば目が吸い込まれていきます。
赤を基調とした幾何学文様や唐草を器全面に描き込むこの技法は、九谷焼の中でも特に高度な技巧を要する分野として知られています。一つの作品を完成させるまでに何か月も費やすことも珍しくなく、その制作には膨大な集中力と忍耐が求められます。
今回は、その赤絵細描を代表する福島武山と、師の技を受け継ぎながら現代的な構成へ踏み込む見附正康の二人を紹介します。

福島武山 赤絵細描を世界の文字盤へ
福島武山は、九谷赤絵細描の第一人者として知られ、数々の受賞歴を重ねてきた作家です。全国伝統的工芸品公募展で内閣総理大臣賞を受賞し、のちに九谷焼技術保存会会員となるなど、伝統工芸の中核として評価されてきました。
象徴的なのが、エルメスの依頼で腕時計の文字盤を制作した仕事です。九谷の赤絵細描を、駒くらべといった雅なモチーフで、時計という小さな舞台に収めました。九谷の緻密さがそのまま国際舞台に出た出来事でした。
赤一色でここまで豊かに見せられるのは、線の細さだけでなく、密度の上げ下げと余白の置き方が巧みであるからです。器全体が均一に細かいのではなく、見せ場と空間があり、そのバランス感覚こそが武山の真骨頂です。

見附正康 受け継いだ技を、現代の構図へ
見附正康は1975年生まれ。石川県立九谷焼技術研修所を卒業後、福島武山に師事し、九谷の赤絵技術を身につけました。
見附の魅力は、赤絵細描の技術を古典の再現にとどめず、文様の配置を大胆に作り直したところにあります。瓔珞文や麻の葉文といった伝統文様を幾何学的に組み上げ、皿の中に奥行きが生まれるような構成を作ります。立体的な大皿の上に下絵なしで構成していく点は、展覧会紹介でも繰り返し語られています。
人気の理由を一言でいうなら、手仕事の極限が、いまの目にも新しい形で届くことです。
さらに見附は、轆轤師の西田健二と、分業を超えた協働制作も行っています。西田が成形する端正な白磁の素地が、見附の赤い細線をすっと引き立て、二人で一つの作品世界を作り上げます。

共通点と違い 同じ赤でも、目指す場所が違う
二人の共通点は、飯田屋八郎右衛門が確立した赤絵細描を源流とし、明治時代の金沢九谷を経て、現代へと技術が継承されてきた流れの中で制作していることです。九谷焼の中でも特に高度な技巧を要する分野に向き合い、驚異的な集中力と忍耐で作品を作り上げています。
一方で、それぞれの作品にははっきりとしたオリジナリティがあります。福島武山は、伝統の格を保ちながら、モチーフの物語性や品格で作品をまとめ上げていきます。見附正康は、伝統文様を素材にしつつ、構図そのものを現代の感覚で組み替えていくのです。
同じ赤でも、武山は静かな重み、見附は吸い込まれる奥行き。赤絵細描が今も革新し続ける理由が、そこにあります。