作家・作品紹介

都市をゲーム盤に変える侵略者 ー インベーダー

街を歩いていると、ビルの壁や橋の下、看板の近くに、小さなドット絵のようなキャラクターを見つけることがあります。近づいてみると、それはセラミックタイルでできたモザイク作品です。大きく目立つわけではないのに、一度見つけると妙に気になって、次の街角でも探したくなる。インベーダーの作品には、そうした「見つける楽しさ」があります。

インベーダーは、1970年代から1980年代のビデオゲーム文化に影響を受け、ドット絵のキャラクターをタイルで再現し、世界中の都市に設置してきたフランスのストリートアーティストです。名前の由来は、アーケードゲームの「スペースインベーダー」。彼にとって街は、壁や路地や橋が並ぶ巨大なゲーム画面のようなものなのでしょう。作品を一つずつ設置していく行為そのものが、都市を少しずつ「侵略」していくプロジェクトになっています。


都市をゲーム盤に変える侵略者 ー インベーダー

顔ではなく、作品が街に現れる

インベーダーは、バンクシーと同じように、顔や本名を明かさずに活動しています。自分の正体を隠す姿勢は徹底しており、実の親にすら、自分はタイル職人のような仕事をしていると説明している、というエピソードがあります。

そこから感じられるのは、作者の顔よりも、街に残された作品を見てほしいという考え方です。誰が作ったかより、どこに現れたのか。誰が見つけたのか。見つけた人がどんな気持ちになったのか。インベーダーの作品は、作家本人の説明ではなく、街で発見されることで広がっていきます。

公式サイトでは、作品が設置された都市や場所を記録したワールドマップが公開されています。さらにスマートフォンアプリ「Flash Invaders」では、作品を撮影してポイントを集めることもできます。見るだけでなく、探して、歩いて、撮影して、記録する。インベーダーの作品は、鑑賞というより、街歩きそのものを遊びに変えてしまうのです。


都市をゲーム盤に変える侵略者 ー インベーダー

落書きではなく、街に彩を加える

ストリートアートは、ときに落書きや迷惑行為として見られます。インベーダーの作品も、多くは無許可で設置されるため、法律的には簡単に肯定できるものではありません。けれど彼は、自分の活動を街を壊す行為ではなく、都市の風景に新しい見どころを加える行為として考えています。

インベーダーの面白さは、作品が美術館の中だけに収まらないところです。外壁、歩道、橋、看板の近く。普段なら見過ごしてしまう場所に小さなドット絵があるだけで、人はいつもの街を少し違う目で見るようになります。

通勤中の道、観光地の裏通り、古い建物の片隅。そこに一つのタイル作品があると、その場所がただの通過点ではなくなります。作品を探すうちに、いつもなら歩かない道へ入ってみたくなる。見慣れた街の中に、別の楽しみ方が生まれる。インベーダーは都市を汚しているというより、街の中に小さな遊びを仕掛けているのだと思います。


都市をゲーム盤に変える侵略者 ー インベーダー

ストリートアートの流れの中で

ストリートアートの歴史を考えるとき、ジャン=ミシェル・バスキアキース・ヘリングの存在は欠かせません。バスキアはニューヨークの街で言葉や記号を使った表現から出発し、のちに現代美術の中心へ進みました。キース・ヘリングも、地下鉄広告の空白スペースに描いたドローイングから注目され、はっきりした線で社会や身体、都市の問題を描いていきました。

彼らに共通しているのは、街をただの背景にしなかったことです。美術館に行く人だけでなく、通りを歩く人にも作品を届ける。街そのものを発表の場にする。その考え方は、インベーダーにもつながっています。

ただしインベーダーは、バスキアヘリングのように手描きの線や文字を前面に出すのではなく、タイルとドット絵を選びました。バスキアヘリングが線の勢いで街に入り込んだとすれば、インベーダーはゲーム画面のようなキャラクターを都市に貼り付けていきます。ストリートアートでありながら、どこか懐かしいゲームの画面にも見える。その親しみやすさが、インベーダーの作品を見つけた人の記憶に残りやすくしているのでしょう。


都市をゲーム盤に変える侵略者 ー インベーダー

バンクシー、ミスター・ブレインウォッシュとの違い

インベーダーは、バンクシーミスター・ブレインウォッシュと同じストリートアートの文脈で語られることがあります。三者に共通しているのは、街から出発し、匿名性やアイコン、複製性、メディアの力をうまく使ってきた点です。

ただ、作品の方向性はかなり違います。バンクシーは、社会風刺や政治的なメッセージを鋭く投げかける作家です。作品の中には皮肉や批判があり、見る人に考えさせる力があります。ミスター・ブレインウォッシュは、有名人やブランド、映画や音楽のイメージを組み合わせ、アートと広告の境目を揺らしていくタイプです。

一方のインベーダーは、もっとゲームに近い感覚を持っています。強いメッセージを前面に出すというより、街に小さなルールを追加していく。どこにあるのか、いくつ見つけたのか、どの都市にどれだけ設置されているのか。見ることが、そのまま参加することに変わっていく。そこに、インベーダーならではの面白さがあります。

さらに、インベーダーはミスター・ブレインウォッシュのいとことしても知られています。バンクシーの映画「Exit Through the Gift Shop」にもつながる文脈の中で、ストリートアートが世界的に注目されていく過程に関わった人物でもあります。


都市をゲーム盤に変える侵略者 ー インベーダー

権威の襟元の小さな侵略

インベーダーらしさをよく表す話として、フランスの元大統領ジャック・シラクの襟元に、こっそりステッカーを貼ったエピソードがあります。美術フェアで偶然出会ったシラクに近づき、小さなステッカーを貼って写真を撮ったというものです。

単なるいたずらのようにも見えますが、ここにはストリートアートらしい反骨精神があります。権威の象徴である元大統領の襟元に、自分の小さなアイコンを忍び込ませる。大きな言葉で主張するのではなく、ほんの一瞬の行動で相手の世界に入り込む。まさに「インベーダー」という名前にふさわしい出来事です。

近年では、ロンドンのニューポート・ストリート・ギャラリーで、ダミアン・ハースト、シェパード・フェアリー、インベーダーによる展覧会「Triple Trouble」も開催されました。路上に小さなタイルを貼ってきた作家が、現代アートの大きな舞台でも紹介されている。そのこと自体が、インベーダーの活動が単なる街角の遊びにとどまらないことを示しています。

インベーダーのすごさは、難しい理屈より先に、街を少し楽しく見せてしまうところにあります。壁に貼られた小さなタイルが、人の視線を変え、歩く理由を変え、都市そのものをゲームのように見せていく。正体を隠したまま、世界中の街に小さな痕跡を残し続けるその姿は、まさに遊び心の天才であり、ストリートの侵略者なのだと思います。

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