2026.10.06
雪景色を組み立てる 岡鹿之助が描いた静かな風景
雪に覆われた地面の向こうに、発電所の建物が見える。そこから山へ向かって水圧鉄管が伸び、電柱が一定の間隔で並んでいます。
岡鹿之助の代表作《雪の発電所》です。
人の姿はなく、空も雪も建物も落ち着いた色で描かれています。細かな筆触で埋められた画面からは、雪の日の音まで吸い込まれてしまったような静けさが感じられます。
しかし、この絵は実際の景色をそのまま写したものではありません。
岡は発電所や城、教会、農村などを題材にしながら、建物の位置や遠近感、色を組み直し、自分の風景として描きました。
《雪の発電所》や《群落B》は、そんな岡鹿之助の絵づくりがよく分かる作品です。

《雪の発電所》は、実在する場所だった
《雪の発電所》が描かれたのは1956年。
岡は主治医に誘われ、長野県の志賀高原西麓にある中部電力平穏第一発電所を訪れました。
岡が描く風景の多くは、実景をそのまま写生したものではなく、記憶や想像をもとにアトリエでつくり上げたものでした。その岡が雪に覆われた発電所を目にして、自分が思い描いていた風景とよく似ていることに驚いたと伝えられています。
ただし、完成した絵と実際の発電所は同じではありません。
岡は手前の土地を水平に見えるように持ち上げ、水圧鉄管の位置を移し、電柱の数まで調整しました。
現実の風景から必要なものを選び、画面の中で配置し直したのです。
こうして生まれた《雪の発電所》は、第2回現代日本美術展で最優秀賞を受賞し、翌1957年には毎日美術賞を受賞。岡鹿之助を代表する一作となりました。
今回取り上げた《群落B》にも、同じ特徴を見ることができます。
家々は一軒ずつ細かく描かれていますが、町を写生したというより、建物を四角や三角の形として並べたようにも見えます。岡は風景の中から建物や道、木々などを拾い出し、それぞれの位置を整理しながら画面をつくりました。
だから岡の風景には、実在しそうで、どこにもないような不思議な静けさがあります。

点描なのに、スーラとは違う
岡鹿之助の絵に近づいて見ると、細かな筆触が画面いっぱいに重ねられていることが分かります。
一見すると、フランスの画家ジョルジュ・スーラなどが用いた「点描」に似ています。
しかし、目的は違いました。
スーラは赤と青など異なる色の小さな点を隣り合わせに置き、離れて見たときに人間の目の中で色が混ざって見える「視覚混合」を利用しました。
岡が悩んでいたのは、色を混ぜることよりも油絵の「マチエール」でした。
マチエールとは、簡単にいえば絵の表面に現れる質感、絵肌のことです。
1920年代にフランスへ渡った岡は、自分の作品を西洋の油彩画と比べ、画面の質感が弱いと感じました。そこで顔料やキャンバス、絵具の使い方を研究し、同系色の細かな筆触を何度も重ねていく方法をつくり上げていきます。
絵具を一気に塗るのではなく、小さな筆触を積み重ねる。
そのため岡の空や雪、建物の壁には、単色で塗っただけでは出せない細かな色の揺れがあります。
岡は後にスーラの作品からも学びましたが、関心を持ったのは科学的な色彩理論だけではありませんでした。画面全体をどう配置するか、色をどのようなリズムで並べるかという構成にも強く惹かれています。

同じ時代の洋画家と何が違ったのか
岡鹿之助は1898年生まれです。
日本の洋画が大きく変化した時代に活動し、同時代には小磯良平、牛島憲之、猪熊弦一郎、海老原喜之助など、それぞれ異なる方法で西洋絵画を吸収した画家がいました。
たとえば小磯良平は、人物を確かなデッサン力で描いたことで知られています。牛島憲之は身近な風景を柔らかな色彩と形へ変え、猪熊弦一郎は戦後、次第に抽象的な表現へ進んでいきました。
岡は、そのどれとも違う方向へ進みました。
発電所、古城、教会、農家、運河、花。
描いているもの自体は、見れば何なのか分かります。それでも実際の景色を忠実に再現することにはこだわりません。
遠くにあるはずの土地を持ち上げたり、建物を正面に向けたり、必要のないものを消したりする。色も現実そのままではなく、褐色や青、緑などを細かな筆触で重ねて整えていきます。
具象画でありながら、構図には幾何学的な秩序がある。
そこに岡鹿之助の個性があります。
フランスで約14年間を過ごし、藤田嗣治と交流しながら、アンリ・ルソーやスーラなどの西洋絵画を研究した経験も、こうした画面づくりにつながりました。

版画から油彩まで、岡鹿之助の現在の相場
岡鹿之助は1972年に文化勲章を受章し、現在も国内の多くの美術館に作品が収蔵されています。
全国の美術館収蔵品を検索できる「SHŪZŌ」にも、《雪の変電所》《石づくりの家》《三色スミレ》《河岸》など、多数の作品が登録されています。
一方、二次流通市場では、技法によって価格に大きな差があります。
版画作品は比較的流通量が多く、数千円から数万円程度で取引されるものが多く見られます。
水彩作品は油彩や版画に比べて市場に出る機会が少なく、作品の内容にもよりますが、数万円から20万円前後が一つの目安となります。
そして評価が大きく変わるのが油彩画です。
大きさや制作年代、図柄、作品の出来、来歴などによって差がありますが、二次流通では200万~400万円前後の評価となる作品もよく見られます。代表的な題材や質の高い作品では、この範囲を大きく超えることもあります。
岡鹿之助の場合、同じ大きさの油彩画でも、発電所、古城、教会、雪景色といった代表的なモチーフかどうかによって評価が変わることがあります。共箱や鑑定に関する資料、展覧会歴、図録掲載歴なども重要です。
※美術品の相場は市場動向や作品の状態、来歴などによって変動します。記載している金額は、この記事を執筆した時点での参考価格です。

静かな風景は、つくり上げられたもの
岡鹿之助は1924年にフランスへ渡り、第二次世界大戦の勃発を機に1939年に帰国しました。
その後も風景や花を描き続け、1952年に芸術選奨文部大臣賞、1964年に日本芸術院賞を受賞。1969年に日本芸術院会員となり、1972年には文化勲章を受章しています。
《雪の発電所》を見ると、こうした評価を得た理由の一端がよく分かります。
雪、発電所、鉄管、電柱。
描かれているものだけを挙げれば、ごく現実的な風景です。
しかし岡は、それらを目の前に見えた通りには描きませんでした。
位置を動かし、形を整理し、細かな筆触で色を重ねる。
そうして現実の風景から、岡鹿之助にしか描けない静かな景色をつくり上げたのです。